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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第六章 響く助力
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一人と一匹

「早く行ってくださいよ、ローウェンさん」

「ちょ、ちょっと待って!心の準備が!あっ、ノア押さないで!」


物陰から向こうの様子を窺いながら、ローウェン、緋彩、ノアの順で並んで顔を覗かせている。三人が見ているのは他でもない、卵を守る龍だ。昨日盗まれているので、特に警戒は怠ることはない。

法玉を手に入れればこの谷底には用はない。緋彩もローウェンも回復して、地上に上がろうと思ったのだが、人が通れるような足場は一つ。草木に覆われていて、龍の目には見えないようになってはいるのだが、その道に行くには龍の視界を横切らなければならなかった。

昨日散々追い回されているローウェンはもう龍に顔や匂いを覚えられている。”卵を盗んだ人間”だと認識されているので、龍の前に姿を現せば、また標的にされるだろう。そんなことから彼のスタートダッシュはなかなか決まらない。


「大丈夫ですよ、ローウェンさん。私たちがちゃんと後ろからついていきますし、何かあったらきっとノアさんが助けてくれますって!」

「本当に?ノア、助けてくれるの?」

「知らん」

「だと言うことです、ヒイロちゃん!」


ノアは傭兵が情けない、と冷めた目をしている。ローウェンが再び襲われても本当に助けない気だ。

とは言え、いつまでもこうしているわけにもいかないので、ローウェンは覚悟を決めた。出来れば龍に見つからずに走り去りたい。岩陰に隠れながら進んで行けば大丈夫なはずである。

ローウェンが走り出すと、緋彩とノアはそれに続く。ローウェンの姿を隠すことは難しいけれど、せめて匂いだけでも別のものと紛れさせて注意を分散させる作戦だ。




だが。




「…っうっわ!こっち見た!」

「ぎゃあ!ローウェンさんもっと早く走って!」

「ちょっ…っ、ヒイロちゃん足速い!置いていかないで!」


飛び出すとすぐに龍に見つかってしまった。昨日のトラウマか、ローウェンはさっと顔色を悪くし、緋彩は驚いてローウェンを追い越した。ノアだけが何事もないように走り続ける。

龍はローウェンを含む三人の姿を見つけると、ギャウ、という唸り声をあげて頭を擡げた。口の中に納まらないくらいの牙、鉄をも砕きそうな爪。あんな代物に人間の柔らかい身体が耐えきるわけがない。


緋彩は不死とは言え、痛みはしっかり感じるので、もしあの牙や爪の餌食になるかと思うとゾッとした。以前にやられた野獣の爪など比ではない。

見つけた、と鋭い視線で睨んでくる瞳は純金よりも神秘的に光を放っている。盾に細長い瞳孔は睨んだものを瞬時に固まらせてしまう畏怖すら感じる。だが不思議とその瞳だけは怖いとは感じなかった。


法玉にも感じたものと同じ、


深い、深い、神秘性。











「────…綺麗、」











ローウェンよりも早く走っていた緋彩は、思わず足を止めていた。





「!」





緋彩が突如動きを止めたので、ローウェンもノアも急には止まれず緋彩の横を通り過ぎていく。だが、緋彩にはそれも見えていない。



龍のその瞳から、目が離せなくて。


あと少し、


もうちょっとだけあれを見ていたいと。


襲ってくる牙も爪ももう見えていなかった。








「ヒイ────…、」








ローウェンには何があっても知らないが、緋彩に何かあったら自分が苦しむ。きっとそんな理由をつけて、ノアは緋彩を振り返ったのだろう。


牙から守り、爪から逃れる為に。








けれど、振り返ったそこには、襲う牙も爪もなかった。


ただ、時が止まった世界があったのだ。








「────……、」








真っ直ぐに龍を見る一人の少女と、その前に傅くような龍の姿。

あれほど荒ぶっていた龍は、凪いだ海の波音のように静かに、そして畏怖を残して緋彩の目の前でじっとしていた。


────まるで人が龍を従えているようで。




誰もが目を奪われてしまうその光景は、空気が澄んで、こんな仄暗い谷底なのに天空の世界を想像させる。

一刻も早く立ち去りたいローウェンまでもが目を奪われ、声も出さず、ただただ一人と一匹に見惚れていた。










「ノアさん、ローウェンさん、行きましょう」











それまで騒いでいた彼女とは思えない静かな声で、緋彩はやっと龍から目を逸らして踵を返した。



もう走る必要などないと、ゆっくり歩を進めて。








龍はその背中を見守るように見送った。








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