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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第六章 響く助力
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手を伸ばした先

何度も、何度も膝が折れて転ぶ。見えないけれど多分、膝小僧は血だらけだ。

壁を支えに歩いているけれど、足下も歩きやすくやっているわけではない。暗がりの中で見えない段差や急に現れる曲がり角に顔までぶつける始末だ。

今多分人生の中で一番ブスだと、緋彩は少しだけ泣いた。


「…うぅ…」

「ついてこいなんて偉そうなこと言っておいてダセェな」

「放っといてください!黙ってついてこいや!」

「へいへい」


慎重に頭の痛みが強くなる方へ近づいていく。

一人で歩くと痛みばかりに気を取られていたが、良くも悪くもノアが煽ってくることで気が紛れる。とにかくこの大きくなりすぎた違和感の正体をどうにかしなければならない。

痛みが、道を示してくれる。


だが、緋彩はもう一つ重要なとこに気が付いた。


「はっ!!ノアさん!!」

「あん?」

「帰り道!帰り道が分かりません!!」


ただただ痛みと戦い、我武者羅に向き合っていた為に、進むことしか考えていなかった。何度か分かれ道もあったはずで、ついさっき曲がったところすらどちらに曲がったか覚えていない。

目的を果たしたところで、脱出できなければ元も子もない。一生この巣穴で過ごすということにもなりかねない。


「どどどどうしましょうノアさんんん!」

「っるせぇ、狼狽えんな」


ちっ、と舌打ちをして、何故かノアは緋彩の左腕を引っ張る。脱臼していない方だ。

そして、それを自分の背中に回し、緋彩の前に潜り込むと、膝裏を抱えてヒョイ、と緋彩を背負った。





「へ?」

「道は俺が覚えてる。いいから、お前は思った道を進め」





愛想の欠片もない言葉は、闇に光を灯すよう。


「ノアさ…」

「それと、お前もちょっと肉つけろ。背中に何も当たらない」

「……っ!……っ!?」


寧ろ光は棘のようだけれど。


「右行ってくださいアッシーさん!」

「誰がアッシーか!下ろすぞ!」









***









何度か曲がり角と曲がり、緋彩の示す方へ道を進んでいく。進む度にノアの背中で聞こえる息は浅く、痛みを耐えるようなものになっていて、身体の力も殆ど入っていない。意識を保つのが精一杯なのか、ぐったりとした頭をノアの肩に凭れさせ、彼の首筋に当たる息は熱かった。


「おい、次はどっち…、……、」


ノアは肩に凭れる緋彩を少しだけ見て、僅かに眉を寄せた。何の感情なのかは分からない。


「───…、」


緋彩は何かを言ったけれど、それは音にはならなかった。ノアにも伝わっていないはずなのに、彼はそのまま足を進めた。




「…もういい、寝てろ」




ぶっきらぼうにそう言って、だが緋彩を抱える手からは力を抜かなかった。

ノアが歩く度に伝わる振動が、今の緋彩には何倍にもなって脳に伝わる。身体がずり落ちそうになって抱え直す衝撃も金属バットで殴られたような痛みへと変わる。呻く緋彩にノアは気付いているのかいないのか、気遣う言葉も目線もなく、ただただ揺れだけを少なくしていったようにも思える。


目を開けていては歪む視界で気分が悪くなるので、緋彩は目を閉じていた。それで気分の悪さは凌げるのだけれど、頭の痛みは返って集中してしまう。


けれど、今はそれでいい。


この痛みだけが、目印なのだ。




「────…っ!…ノアさん、止まってください!」

「ぐぇ」




人間タクシーことノアの服をギュッと掴んで彼の足を止めさせる。

車は急に止まれないけれど、ノアは止まれる。緋彩が引っ張ったせいで襟元が絞まるのに顔を顰めながらも、ノアはその場で足を止めて緋彩を地面に下ろした。


「何だ。まだ奥は続いて…」

「そこに水、溜まってませんか?」

「水?」


巣穴の中は殆ど洞窟で、たまに木の根が天井から出てきていたり、雨水が滴ってきていた。崖の上にも側面にも木が生えていたので別に不思議なことではないのだが、緋彩は唐突にそう言ったのだ。第一、水溜りなど気にして歩いてもいないし、近づかなければそこにあるとは分からない。


「そこ、壁のすぐ下」

「あ?あー…、あるけど、これが何か…」


ほんの直径三十センチほどの小さくも大きくもない水溜り。ぴちゃん、ぴちゃん、と天井から落ちてきた雫がこれを作っているのだろう。なんら、不思議はない水溜り。




それに、緋彩は手を伸ばした。




「なに、を…」

「…っ、」


多分、これが一番強い痛みだ。


抉られたところをさらに深く抉るような。

ともすれば即座に意識を手放してしまうような。


けれど、この痛みの先には何かあるような。


伸ばした手は水面を突き破り、地面よりも深く沈む。まるでそこから海でも広がっているかのように水疱が立ち、緋彩の手は奥深く、肩まで浸かる。


「…おい…?」


真っ青な顔をそれでも食いしばって、何かを掴もうと足掻く。


深く、深く、遠く、遠く、


その手が届くところまで、


その先をもずっと向こうへ。












「ありました、ノアさん」












ちゃぷ、と水面から出した緋彩の手には、彼女の手に収まるくらいの水晶が握られていた。

それにはさすがにノアも目を見開いて驚いていて、瞬きを繰り返して状況を理解しようとする。


「な、ん…、」

「すごく…、頭の痛みが強くなって、ここだと思ったんです。よく分からないけど、この痛みは法玉に反応しているのかと思って…、…っ、」

「っ!」


ふ、と緋彩の意識が飛ぶ。

地面に叩きつけられる前にノアが肩を支え、自分の方へ抱き寄せた。

法玉を見つけたというのに、何故かその表情は険しい。







「……何なんだこいつ…」








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