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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第一章 始まりの死
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許可などいらぬ

言いたいことは山ほどあった。

何故魔法を失敗したのかとか、何故呪いを解く一族を初しようとして緋彩が召喚されたのかとか、鏡も一緒に召喚されてたのかとか、それよりもその悪びれた様子の欠片もない謝罪は何だ!とか。

問い詰めたいことが多すぎて喉が乾きそうだったので、緋彩はとりあえずアンガーマネージメントをして、殴り掛からずにこめかみに青筋を浮かべるだけに済ましておいた。


「……へ、へえ……。それがさっき言ってた失敗ということですね…。……このヘッポコ」

「あ゛あ゛っ!?」

「あんたの失敗で私はこんなとこに召喚させられ、死にかけて、おまけに呪いまで受けて、裸まで見られたんでしょうが!つーか召喚って何ごと!?ファンタジーでしか聞いたことない!」


召喚やら魔法やら呪いやら、非日常的なワードばかりで全く突っ込みが間に合わない。信じるとか信じないとか選ぶ暇もなく、現実だと思い知らされる事態が目の前に並べ立てられていく。受け入れて、それでもどうにか抗っていくしか緋彩には手段が残されていなかった。


「ま、まあ…落ち着いてヒイロちゃん。ノアはちょっと魔法が苦手でね…?俺も一人の時は使うなって言い聞かせてはいたんだけど、こんな奴だからさ、人目を盗んで何とか呪いを解こうと魔法使っちゃうんだよね…ごめんね?」

「…っ、もう…っ、…ダリウスさんが謝ることないからもういいですよ。…でも、だったらせめて、何で私が召喚されたのかくらいは教えてください」


緋彩が訊いた相手はダリウスではなくノアだ。ノアが悪びれない分、ダリウスがどんどん小さくなっていく。ノアを責めれば責めるのほどダリウスが責任を感じてしまっていて、これ以上はダリウスが可哀想でならない。

緋彩はもう責める気はないと、努めて平常心でノアを見た。返すように、ノアは無感動な目をしてくる。


「恐らく、鏡に触れていたからだろう。あの鏡は一族の所有物だった。触れていたことでお前ごと召喚されたんだろう」

「あの鏡が一族の所有物…?魔法とか言っている感じ、ここは私の住む世界ではないんですよね?異世界の物が何でうちに…」

「そこまで俺が知るか」

「し、知らなくても、同じことをすれば私は元の世界に戻れるんですよね?戻してくれるんですよね?責任取ってくれますよね!?」


この際もうこの世界に来た理由とか、方法とか、起こってしまったことはどうでもいい。大事なのは未来をどう生きるかだ。CMにでもありそうな信念を心に抱き、緋彩はノアに詰め寄った。

近い、と大きな手の平が額を押してくる。


「残念だが、今すぐには無理だ。召喚魔法は大量の魔力が必要で、今回のも一年以上かけて溜めてきた。召喚された者は召喚した人物の魔法でしか元の場所に帰ることはできないし、俺の魔力は今回のですっからかんだ」

「…よって、ノアさんの魔力が溜まるまで私はこのままだと」

「珍しく物分かりがいいな」

「……お褒め頂き光栄です」


しれっとしているこの男は本当に謝罪する気は毛頭ないというのだろうか。魔法の失敗がなければ緋彩は今頃ベッドですやすや眠っている頃だし、不死なんて果てのない絶望を背負わなくて済んでいる。

だがもう緋彩はノアに謝罪を求めることは諦めた。無だ。無になれ。


「まあ安心しろ。責任持って俺がお前を元の世界に帰してやる。いつになるか分からんがな」

「さも俺に任せろ的な顔で言うのやめてくれます?あんた一回失敗してるんですからね」

「同じ失敗は二度としない。次は大丈夫だ」

「違う間違いは?」

「しないとも言い難い」

「正直」


本当にどうしたもんか、と緋彩はぐったりして盛大な溜息をつく。仮にノアの魔法が成功し、地球に帰る確証があっても、少なくとも彼の魔力が溜まるまでは緋彩はここで暮らしていかなければならない。衣食住、全ての保証もなく、どうやって生きていけというのだろうか。

悶々と今後のことを考えていると、床を睨む視界にコトリ、と湯気の立つカップが差し出された。目線を上げると、ダリウスが眉の下がった笑顔で微笑んでいた。


「どうぞ」

「あ…りがとうございます」

「ヒイロちゃん、本当にノアがごめんね。悪い奴ではないんだけど」

「ダリウスさん、説明不足ですよ。()()()()()悪い奴じゃない、ですよね」


悔しいことに外見は百二十点だ。悪事の一つや二つ、笑って見逃がしてしまうほど。ただノアの場合、一つや二つに留まっていない。

緋彩の目など興味はないのか、ノアは呑気にダリウスが淹れた茶を啜っている。


「まあ、ノアのことはとりあえず置いておいて、ヒイロちゃんがこれからどうするかを先に考えよう。俺が助けられることはするけど、ヒイロちゃんはどうしたい?」

「とりあえず生きたいです」

「だからお前不死だって言ってんだろ」

「ノアは黙ってて」


ダリウスがノアを窘めてくれるが、確かにノアの言う通り、ヒイロは現在不死である。殴られても刺されても撃たれても突かれても切り刻まれても多分死なない。寿命が尽きるまで、いや、寿命が来ても死なない。地球に帰ることが出来たとしても、永遠の命がきっと緋彩を人ではなくしてしまうだろう。






「不死の呪いを解きたいです」






まずはそこから。

地球に帰る前に、出来ればノアの魔力が溜まる間までに、呪いを解きたい。解いて、普通の人間になってから帰らなければ、緋彩は多分どこかの研究所に連れていかれることになる。

呪いを解くと言っても、緋彩にはその手段など何も分からない。ノアはある一族の血が必要だとか言っていたが、どの一族のことなのか、血をどうするのか、詳しく知らなければならないし、知ったところでそれが緋彩に可能かどうかも分からない。

考えてもやはり絶望が深くなるばかりで、緋彩は肩を落とす。抱えた膝の中に顔を埋めると、少し遠慮がちな力加減で、温かい体温が頭に触れる。


「ヒイロちゃん、一つ提案なんだけど」

「…はい?」


赤点が返ってきた時のような緋彩の顔色を覗き込むように、ダリウスが爽やかな表情を見せる。余程いい案でも思いついたのか。












「ノアと一緒に行動したらどうだろう?」












優しい振りしてこの人が一番怖い。


「……え……」


どういうこと、と訊くのが怖かった。訊けば逃れられなくなるかもしれないと思ったからだ。

けれどダリウスはそんな緋彩の気持ちなどお構いなしに先を続けた。きっと彼に悪気はない。

ちなみにノアは、声も出さずに言葉にならない衝撃の形相をしている。


「ノアはさ、呪いを解くためにいろんなところを旅して回ってる。時々こうしてここに帰ってくるんだけど、それにヒイロちゃんも同行したらどうかな?目的は同じなんだから、一人より二人の方が協力できて効率がいいでしょ?」

「いや、でも……」

「ヒイロちゃんも不死とは言え、痛覚がなくなったわけじゃない。また野獣に襲われて怪我なんてしたら痛いんだよ。ノアがいてくれたらきっと助けてくれるだろうから、俺も安心だ!」

「いやいやいやいや。この人助けてくれなかった前科ありますよ?いたいけな怪我した少女見捨てましたよ?」


ダリウスはどこにどう安心感を覚えたのだろうか。我ながらいい考えだ、という顔をしている場合ではない。

だが、ノアが緋彩を助けてくれるかは置いておいて、目的を達成するために仲間がいるということは悪いことではない。性格に少々難があるが、そこは目を瞑るしかない。期間限定ならどうにか我慢できるだろう。


「ね、ノアも迷惑かけたんだから、そのくらいのことはやるでしょ」

「はぁ!?ふざけんな!同行したいんならブスを直してから来い!」

「だからノア、そういう憎まれ口叩くから嫌われるんでしょ!」

「憎まれ口ではなく正直者だと言え」

「もっと悪いわ」


ダリウスがノアを必死に止めようとするが、ノアが黙る様子はない。ブスだの痴女だの思いつく限りの暴言を並べ立て、緋彩の同行をどうにか阻止しようと力を尽くしていた。

その間、緋彩が一言も発さず、じっと何かに耐えていたことには気づいていない。









「ダリウスさん」









至極静かに、緋彩はダリウスを呼ぶ。その声色は熱がこもらず、明でも暗でもない何も感じ取れない音。





「ん?どした、ヒイロちゃ………………、ヒイロちゃん?」





ただ、呼ばれて振り返ったダリウスは固まった。




「私、ノアさんに付いていくことはしません」

「え?あ、はい?」

「そうしろそうしろ。お前がいても足手纏い────…」




緋彩を見ているダリウスだけが、返事が曖昧になるほど動揺していた。それまで見向きもしなかったノアは、ダリウスの様子がおかしいことに気が付いて、やっと彼の目線の先、緋彩の姿を見たのだ。

途端、ダリウス同様、ピシリと音が聞こえるくらいに、表情も邪険にしようとして払った手も固まった。



そこに、夜叉がいたからだ。










「私がノアさんを従えるんで」











同行の許可がもらえないなら、こっちが連れていくまでだと、天使の微笑みの裏に夜叉が棲んでいた。





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