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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第六章 響く助力
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好きな食べ物

「……えー…っと…?…お二人、何かありました?」


翌朝、緋彩が起きると、昨日まではそんなに仲の悪さは見えなかったノアとローウェンの関係性が、何故かギスギスしているように見えた。というより、ローウェンはいたって普通なのに、ノアがこれまで以上にローウェンのことを敵視しているようだったのだ。


「おはよう、ヒイロちゃん。別に何もないよ?」

「そうですか?それならいいんですけど」


チラリと目線をやったノアは見るからに不機嫌だ。朝だからという理由はあるだろうが、いつもの二割増しで顔色が黒い。緋彩が試しに挨拶してみると、地の底から聞こえてくるような声だったが、ちゃんと『おはよう』返してくれた。挨拶がまだだったというローウェンには、渋々応える『ああ』だけだったので、やはりローウェンに対して何か思うことがあるらしい。


「あ、ノアさん、ローウェンさんが薬草茶作ってくれましたけど飲みます?」

「お前が飲め」

「私の為に作ってくれたので勿論私は飲みますよ。リラックス効果がある薬草が使ってあるらしいので、良かったらノアさんもと思って」

「いらねぇ」


ノアは煙そうな表情で硬いパンを齧る。何がそんなに気に入らないのか分からないが、無理やりにでも薬草茶を飲ませるべきだったか。

代わりに緋彩がいつもの茶をノアの前に出すと、それは抵抗なく飲んでいたので、茶が要らないというわけではなさそうだ。やはりローウェンに関するもの全てを拒否している。




「あの、ローウェンさん」

「ん?」




緋彩はノアの耳に届かないように、こそこそと隠れてローウェンの袖を引っ張って耳打ちする。


「やっぱり、何かあったんじゃないですか?ノアさんの機嫌がいつも以上に悪いんですけど。主にローウェンさんを見る目が蠅を見るそれです!」

「蠅」

「ノアさんは元々人間が好きな方じゃないと思いますけど、昨日までは少なくともローウェンさんに嫌悪感は示してなかったと思ってました。なのに、今は隙あらば殺虫剤でも振りかけそうです!」

「殺虫剤」


例えが秀逸すぎてローウェンは薄く笑うしかない。

緋彩に正直に昨夜の話の概要を伝えても構わないのだが、それではきっとローウェンは、緋彩からも疑いの目を強くさせることになる。いろいろと思案した結果、ローウェンは一言でまとめた。


「ちょっとした口喧嘩をね」

「ええ…?」


原因はちょっとした方向性の違いだとローウェンは付け加える。早くも解散とかしないだろうか。

緋彩は納得はいっていなかったが、他人の喧嘩に首を突っ込むほど物好きではない。だがこんな二人の空気の中にいるのも疲れてしまう。


「ローウェンさん、もしかしてローウェンさんが悪いわけじゃないかもしれないけど、さっさとノアさんに謝ってこの空気どうにしてください」

「それは構わないけど、僕が謝ったとしても、今は火に油を注ぐだけだと思うなぁ。ほとぼりが冷めたくらいの時がよくない?」

「甘いですね。あんなイケメンな顔しておいて、ノアさん意外と子どもっぽいとこありますから、ほとぼりが冷めるのを期待しちゃ駄目ですよ」

「尚更謝っても駄目じゃん」


ほとぼりが冷めるかどうかも、冷めたとしても、その合図が多分分からない。




「ヒイロ」

「は、はいぃ!」




緋彩とローウェンがこそこそしている後ろで、ノアがすくりと立ち上がり、低い声で緋彩を呼ぶ。地獄からのお呼びかと思える声に緋彩は大袈裟なまでにビクリと肩を震わせた。

恐る恐る後ろを振り返ると、睨むような蔑むような視線が淡々と降ってきている。


「……お…、お呼びでしょうか、魔王様……」

「誰が魔王か。出発するぞ、早く荷物纏めろ」

「イ…イエッサー!」


ノアはビシリと敬礼をする緋彩の横、ローウェンに一瞬殺気にも似た視線を流した後、無言で踵を返した。それにもローウェンは嫌われちゃったなぁ、と飄々とするだけだった。













***













出発してから数時間は歩き続けたけれど、一向に景色が変わる様子はなかった。ただただ、だだっ広い草原が広がり、人の気配もない。というか、生物の気配すらないのだ。ごくたまに小動物が目の前を横切るくらいだ。

太陽の光の下に照らされた草原は確かに綺麗で、いい眺めではあるのだが、同時に先の見えない不安が押し寄せてくる。これ、どこまで続くのか。


「ところでノアさん、どこに向かってるんですか?アラムを追いかけるわけではないんですよね?」

「ガンドラ教がどうだろうと、目的は変わらない。アクア族の血と法玉を探す」

「この草原のどこかにそれらが眠ってるんですか?宝探しみたいですね!」

「あほか」

「何故!」


時間を置くことでノアの機嫌は多少持ち直した。相変わらずローウェンには話しかけないし、目を向けたとしても睨むことしかないけれど、それ以外は普段のノアにまで戻った。並ぶノアと緋彩の後ろにニコニコと楽しそうなローウェンが付いてきていることは全く気に食わないみたいだけれど。


「じゃあこれからどうするつもりなんですか?」

「今アクア族の血を辿ろうとするとまたアラムとぶつかる可能性が高い。とりあえずそっちは置いといて、先に法玉を探す」

「ほう」


アクア族が不老不死の魔法を解くために用意した法玉は世界中に散らばっている。既に使用されて効果を失ったものもあるので、有効な法玉は恐らくそんなに数を期待できない。だとしても、アクア族を見つけるよりはいくらか確率が高いので、そちらを優先するとノアは言った。本来だったらアクア族を見つければ法玉の在処も訊くはずだったのだが、思いの外アクア族の情報が少なすぎた。


「法玉?はどこにあるか当てはあるんですか?」

「明確な場所は分からない。だが、この先にある峡谷の奥底、龍の棲み処に一つ眠っているという噂がある」

「り、龍!?」


それはつまり、ドラゴンっていうやつ。地球生まれ地球育ちの緋彩からすれば仮想上の生き物で、作り話の中でしか耳にしたことはない。不老不死だとか魔法だとか、これまでもファンタジー世界の要素はいくらでもあったけれど、伝説上の生き物の代表格である龍ともなれば、そこら辺の汚い野獣とはわけが違う。

緋彩は目をキラキラさせながら、龍っていうのはこう、空から光が射しこんできて、そこから降りてくるんだろうなぁ、なんて胸を躍らせていると、ふと見上げたところに苦々しいノアの目があった。


「…?何ですか?」

「お前、何でそんなに嬉しそうなんだ」

「え?だって龍でしょ?ドラゴンでしょ?異世界に来たんなら一度は見てみたいと思ってたんですよねぇ!」

「………」


閉口するノアの様子の理由が分からない緋彩は、首を傾げて後ろのローウェンにも目を向けてみる。彼もまた、苦笑、といった表情だった。何か変なことを言ったのだろうか。

ノアが呆れて相手にしてくれないとなると、仕方がないというようにローウェンが後ろからあのね、と教えてくれる。


「龍は確かに希少な生き物だけど、肉食だよ?」

「まぁ、草食ではなさそうですけどそれが何か?」

「あれ?肉食って意味分かってる?」

「ローウェンさんまで私をどこまで馬鹿だと思ってるんですか。さすがに分かりますよ」


肉食は肉を食べて、草食はベジタリアンってことだ、と緋彩は胸を張る。間違ってはないはずなのに、ローウェンはやはり乾いたような笑いを浮かべて、そうだね、とだけ言った。

ローウェンはいくらか緋彩に気を遣っているのか、はっきりとは言わず、そんな不毛な会話をすぐそばで繰り広げられていることに痺れを切らしたのか、ノアが緋彩にも聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟いた。








「龍は人間が好物だぞ」




「────…はい?」










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