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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第六章 響く助力
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透かして見えたもの

緋彩が先に寝てしまったので、自然にというか仕方なくというか、この場はノアとローウェンだけの空間となる。最初から別に気が合わない訳でもなく、緋彩とノアほどいがみ合っているわけでもないので、特別この状況が気まずいわけではない。それも、ローウェンがノアに合わせていることで空気を保っているに過ぎないが。


「ヒイロちゃん、すぐ寝ちゃったね」

「妖怪秒速寝落ち女」

「何それ愛称?」


ぼそりと呟くノアに、ローウェンはくすくすと肩を揺らした。その笑い声に反応したのか、ノアの横で寝息を立てていた緋彩が僅かに身動ぎする。ローウェンはやば、と慌てて自分の口を手で押さえ口を噤むが、ノアはそのくらいでは起きないと言った。


「口の中に蜜柑丸ごと突っ込んでも起きねぇんだから、これで起きたら奇跡だ」


寝返りをうったことで剥がれてしまった緋彩の夜具を整えながら言うノアに、ローウェンは一瞬きょとんとして、それからニヤリと口端を吊り上げる。


「……へぇ?よく知ってるんだね、ヒイロちゃんのこと」

「あん?知るわけねぇだろ。こいつは今まで出会った生物の中で一番分かんねぇわ」

「生物。大きく出たな」


不満気な顔をするノアに嘘を言っている様子はない。本気で緋彩を意味の分かんねぇ女だと思っているのだろう。もし緋彩のことで知っていることがあるとしたら、それはここまでに彼女と行動を共にしてきたことによる、単なる経験だと。


「分からないって、具体的にどう分かんないわけ?」

「どうって…。全てがだよ。ビビリでヘタレな癖にいざという時の肝は据わってるし、自分のことは分かってねぇのに他人のことは繊細に感じ取る。その所為で吐くわ倒れるわで迷惑極まりねぇ。何より不老不死が恐ろしいということに、こいつは最初から分かっていた」


経験しなければ分からないはずの、あの永遠の苦痛を。

不死になったあの瞬間から、一度たりとも喜ばなかった。利用してやるとは言ったけれど。

ノアに聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、ローウェンは饒舌、と呟き、パチパチと音を立てる火に新緑の瞳を溶かした。


「ノア、僕がヒイロちゃんに惚れ込んだって、本当だよ」

「あ?」

「ああいや…、信じられてなさそうだなって思って」

「別に、信じてないが?」

「わあ」


何を今更、と怒りも笑いもしないノアに、ローウェンは悟りを拓いたような表情になる。とことん興味を抱かれていないのだろう。

分かっていたことだから別に特別ショックは受けることはない。





「僕はさ、ノア。ヒイロちゃんみたいな強さが欲しいんだ。優しく強い、透明な強さが」






まだしっかりは回復しきっていないローウェンの横顔は、少し頬が痩けている。それでも顔色は随分とよくなったし、何より生気がある。

炎の中からいつの間にか緋彩に向けていた瞳の光に、それが宿っていた。


「透明な強さ?」

「ノアも言ってたけどさ、ヒイロちゃんが他人のことを分かってしまうというのは強さだと思うんだよ。彼女にはどんな憎しみも妬みも苦しさも痛みもバレてしまう。負の感情なんてきっとすぐに見透かされてしまうよ」

「………」


目に見えないものを見透かし、そこに知り尽くした優しさと強さを与える。

透明な強さだと、ローウェンは繰り返した。


「ノアが地下で僕を運んでくれていた間、君が足をよろけさせる度、ヒイロちゃんが後ろから支えようとしていたことに気付いてた?自分だって辛いだろうに、感情が殆ど顔に出ないノアが辛いんじゃないだろうかとずっと考えてた。もしノアが転ぼうものなら、自分が下敷きになってでもノアと僕を守ろうとしていたよ、あれは」


自分は不死で、どうにでもなるけれど、だったらどうにもならない辛さはもらっても大丈夫だと。


「正直、ヒイロちゃんが不死の体質だったことは驚いたけどさ、この子は不死に耐え得る強さを持っているんじゃないかな」

「…馬鹿言うな」


そんなもの、強さではない。ただの意地っ張りだ。ありがた迷惑で自己満足だ。


よく知っている。


ノアは、よく知っている。


「不死を渡しちゃった君がヒイロちゃんに負い目を感じるのは分かるけどさ、ヒイロちゃんはそんなに弱くないから大丈夫だよ」

「…負い目なんてねぇ」

「そう?だったら彼女が怪我した時、放っておけばいいじゃん」

「…………」


何か間違っているか、というローウェンに、ノアは何も言えず恨めしい目を向ける。肯定することが悔しいというよりも、出会って間もない人間にノアのことも緋彩のこともここまで言い当てられることが釈然としない、という顔だ。


「……お前、やっぱ俺達についてきたのはヒイロだけが理由じゃねぇな?」

「ははっ、バレた?」


ローウェンは何の躊躇もなくそう笑って認める。最初から隠すつもりなどなかったかのようだ。


「何を企んでいる?」

「二人の邪魔になるようなことは何も。ヒイロちゃんに惚れたというのも本当だし、強さが欲しいのも本当。何も嘘は言ってないよ」

「嘘も言ってないけど()()()()()()()もあるだろ」


問い詰めるようなノアの目に、ローウェンは慌ても騒ぎもせず、淡々と応える。


「あるよ」

「言え」

「そのうちね」

「言わないのなら同行は許可しない」

「そんなぁ。一度はいいって言ってくれたんだから手のひら返すようなことするなよー」

「素性の知れない奴と行動を共にするわけねぇだろ」

「今更駄目だっていったらヒイロちゃんが不思議に思うけどいいの?」

「…知ったことか」


ノアはそういうが、ほんの一瞬見えた彼の思案に、ローウェンはニッと笑みを深くした。


「ただでさえ心労で疲れているヒイロちゃんに、疑心とか不信感とか、これ以上余計な不安溜めてほしくないもんね?」

「あぁ?何の話だ」

「おや?僕の見当違い?」


ローウェンはそう言いながらもそんなわけないという顔をしている。

不死になってしまったことの不安も、異世界から飛ばされてきたという奇想天外な状況も、この世界では人間の身体から薬を作っているという悍ましい所業が存在することも、その主犯格が仲良くなったエーダの息子だったことも、乗り越えながら、だが確実に少しずつ募ってくるストレス。本人にすら分かっていないけれど、ノアはその全てをその目で見てきている。

緋彩が寝ているからこそ、こんなにローウェンのことを深く突っ込んで訊いたことは、そんなノアの最大限の配慮だと、ローウェンは言うのだ。


「大丈夫だよ、ノア。少なくとも僕は敵じゃない。同じガンドラ教に怒りを覚えている同志であることは違いない」


ローウェンはずっと嘘は言っていない。きっとこの言葉も嘘ではない。

ただ、ノアは信じる信じないよりも、本能的にこういうタイプが気に入らない。ローウェンはそのことも分かっていて、最初はノアの琴線に触れないよう繕ってきたのだろう。

それが緩むと、途端にノアの琴線をバシバシに弾いてくるのだ。


「お前……、いつからそんな腹黒になったんだ」

「え?何のこと?」


ローウェンはそう応えながらも、最初からだけど?と認めた。






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