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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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単細胞に隠し事は向いていない

「おい、いつまで風呂に入ってる?飯だっつってんだろ」

「ぎゃぁぁぁあああ!!!変態!ノアさん変態!覗かないでくださいよ!お金取りますよ!」

「いいから早くしろ」

「冷静に返すのやめてくれます?」


テメェの裸に金なんか出すかと言われた方がまだいい気がする。脱衣所のドアを容赦なく開け、タオル一丁の緋彩を見ても顔色一つ変えない方が何だか傷付くことが分かった。

緋彩は朝風呂に入っていたのだが、そもそも起きた時間が遅かったので、すぐに朝食の時間が来てしまった。朝食くらい、ノアだけで先に行けばいいのだが、何の気を遣ったのか、エーダが二人一緒に来ないとご飯あげません、と言い出したのだ。本当に誰に何の気を遣ったのか。


「ちょちょちょちょっと待ってくださいね、今服を着…そこ早く閉めてくれます!?」

「……………」

「無視か!早く閉めなさい!」


緋彩は尤もなことを言っているだけなのだが、ノアは怪訝な表情で緋彩を見つめて、というより睨んでいた。寝起きで顔が浮腫んで違う人にでも見えたのだろうか。本当に身体には興味がないとでもいうように、彼は緋彩の顔ばかりを見ている。


「……な、な、何ですか……?」

「……………いや、別に。…あと十秒で出てこいよ」

「分かりまし…十秒!?ちょ、待っ………!」


ノアは無謀な課題を出した後でドアを閉め、ソファで十秒間を満喫するらしかった。

疑問が残りながらも緋彩は与えられた十秒間で何とか服だけは着ることができた。ただし髪も肌もびちゃびちゃだし、お陰で服も髪から滴った雫で濡れてしまう。そんなものは放っておけば乾くけれど、放っておいたら身体中の血が乾きそうな方を先にどうにかせねばなるまい。


「お待たせ、しまし、た!」

「……十五秒経過。オーバーした五秒間、腹踊りして反省しろ」

「何故に腹踊り!?」


乾きそうなのは乙女としてのプライドだった。

ノアの要求に応えられなかったのは緋彩だ。仕方あるまいとシャツを捲って腹の準備をしていると、その横を無反応のノアが通り過ぎる。何してんだ、と迷惑気な表情を向けられたが、腹踊りをしろと言ったのはそっちの方である。


「腹が減った。早く行くぞ」

「は、はい」












食堂は宿泊客で溢れていた。朝食の時間は三時間ほどの猶予があって、時間内であればいつ食べに来てもいいことになっているのだが、緋彩達が下りてきた時間は丁度人が混む時間帯だったようだ。

二階から下りてきた瞬間、人の多さに舌打ちしたノアに気を遣って、緋彩は端の方のあまり人と触れ合わない席を見つけた。バイキング形式で提供される料理も、例によって緋彩が行き来を繰り返してテーブルに並べる。この数日間でノアの食の好みは大分把握した。基本的に食べられないほど嫌いなものはないけれど、甘いものは好まない、おかわりをするほど好き好む食材はない、目の前にある料理はとりあえず一通り食べ切る。お残しはしない。つまり、選り好みはしないということなので、緋彩でも気兼ねなく料理を取って来れた。偏食が酷そうな顔しておいて、結構何でも食べるのだ。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


無言の食事というのも別に珍しいことではない。大体は緋彩が一方的に話し、それにノアが気が向いた時だけ淡白な返事をするという構図がテンプレートではあるので、緋彩の話のネタが尽きればこうして無言にもなる。周りがワイワイと楽しそうに食事をする中、食堂の隅で最後の晩餐のような空気の二人。黙々と、そして淡々と食べていることにもはや二人の間では違和感はない。

ただ、今日は緋彩にだけ少しの引っ掛かりがあった。


「………………あの、ノアさん」

「何だ」


名前を呼べば、返事だけはしてくれるようになったのは今日始まったことではない。勿論しつこすぎると問答無用で無視されるが、必要な時に必要な分だけ、無駄遣いをしなければ当たり前に同等のものが返ってくる。そう、金のようだ。

だから返事が返ってくることにもう違和感はない。今緋彩が感じている違和感は別のところにあった。疑念たっぷりの目をして、ノアの瞳を見返す。


「…さっきから何でしょう?めちゃめちゃ見てきますけど、私の顔に何かついていますか?」

「目と鼻と口が」

「ボケを求めてるんじゃありません。いつもは話する時くらいしか見てこないくせに、こっち見ながら食事されるの怖いんですけど」

「気にするな」

「しますよ!イケメンに見つめながら、いやイケメンじゃなくても人に凝視されていたら、ご飯が喉に通りません!」

「通ってるじゃねぇか」

「あ」


しかも完食。エーダの料理が美味しいのが悪い。


「と、とにかく何なんですか?落ち着かないんですけど!私の顔がタイプに見えてきました?!」

「いや、全く」

「即答」


嘘でもいいから動揺くらいしてほしかった。そりゃそんな顔面持ってたら周りは皆猿のように見えるでしょうよ。

自分で言って虚しくなってきて、緋彩はとりあえず落ち着こうと持って来ていたオレンジジュースに口を付ける。人工甘味料などあるはずもないので、まごうことなき果汁百パーセントだ。

訴えたらノアは緋彩の顔を凝視することをやめてくれたが、それでもたまに流されてくる目線は、いつもの生ごみを見るような目とは違う。それに慣れてしまった緋彩も緋彩だが、いつもと違うということはやはり気持ちが悪いのだ。

暫くはジュースをチューチューと吸いながら、時々流れてくるノアの何かを見透かすような目線に敵意を向けていた緋彩だが、やはり段々と耐えられなくなってくる。こうなったらプランBである。

緋彩は少しだけ身体を捩らせて、照れたように頬をぽっと赤くする。


「……そ、そんなに、見つめないでくださいよ…」

「ああ?」

「あ、いつもの目に戻った」


不服、とありありと分かる目だ。何もそんなに怒らなくても。

だが、ノアが嫌がる反応をしたら理由を教えてくれるんじゃないか作戦は成功したようで、ノアは気持ち悪さを逃すような深い溜息をついた後、徐に緋彩の顔に手を伸ばす。




「!」

「何、はこっちの台詞だボケ」




不機嫌な色は消さないままなのに、すっと緋彩の目の下をなぞる指は酷く柔らかで優しい。

何かを疑うような視線は、宥めるような、諭すようなものに変わっていて、それは緋彩が思わず黙り込んでしまうくらいだった。


「何かあったのか」

「……え、」


気遣わし気とまではいかないが、ほんの数ミリ程度は緋彩を気にした声だった。といっても、マイナスのデリカシーが何とかゼロにまで辿り着いたくらいのものだが。


「何、って…、別に、何も」

「だったらさっきから何を動揺している?」

「え?動揺なんてしてませんけど?」

「そうか。じゃあ飯を口に入れたそばからボロボロと零していくのは単に口元が緩くなっただけなんだな?中身がなくなったコップから空気をずっと吸っているのはジュースの残り香を楽しんでいるんだな?いい加減両手からスプーンとフォークを離せ」

「あ……」


緋彩は言われて初めて、食事が終わっているのにも関わらず、手に汗をかくほど強くスプーンとフォークを未だ握りしめていることに気が付いた。拳を握っている状態で固まった指を開けば、その中は真っ白になっている。

緋彩の手が緩んだのを見ると、ノアはシルバーたちを取り上げ、空になった皿やコップなんかも自分の方へ引き寄せる。そのままにしておけばそのうち落として割りそうだと思ったのだろう。


「昨日、あまり寝てねぇな?」

「そんな、ことは」

「目が少し充血しているし、薄っすら隈も出来ている。単細胞なお前が俺に隠し事なんて出来ると思ったか」


ノアはそう言うや否や、席を立ってカウンターの方へ歩いていく。そして忙しく動き回っているエーダに一言二言何かを話したかと思うと、手に湯気の立つカップとタオルを持って戻ってきた。


「熱いから気を付けろ」


乱暴に言ってテーブルに置かれたのは、白湯と温めたタオルだった。

きっと普段なら何を企んでいるのかと警戒していたところだが、今の緋彩にそれを疑うだけの気力は残されていない。

すみません、と一言呟いてから、有難くタオルを目元に当て、白湯で冷たい手と身体を温めた。






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