夢から醒めて
「ノア、呪いってまさか…!」
ダリウスが掴みかかりそうな勢いでノアに詰め寄る。大してノアは相手にしないような冷静さで、落ち着け、とダリウスを宥めた。
「仕方ねぇだろ。俺だって本意ではない」
「は…?…本意ではないって、もしかして」
「失敗した」
「!?!?」
ダリウスが倒れそうになるほど驚いて慌てふためいた。
緋彩にはまたもや二人の会話にはついていけず、置いてけぼりになっていた。
呪いとは何だ。本意ではないとは。失敗って、緋彩を助けたのは失敗だっと?うむ、ダリウスの反応も無理はない。確かに驚くほど失礼だ。
「あ、あの…、呪いって…?」
「あ?」
おずおずと会話に入れば、ノアの顔は説明するのは面倒だと物語っていた。それからダリウスに目配せすると、ダリウスははいはい、と仕方なしに頷く。
「ヒイロちゃん、不老不死って知ってる?」
「へ?老いない、死なないっていう意味のですか?人魚を食べるとなれるっていうことで有名なアレ」
ダリウスは人魚?と首を傾げたが、話が進まないと思ったのか、追及することはなかった。頷いて、それだよと続ける。
「信じられないかもしれないけど、この世に不老不死っていうのは存在している。作り話でしか聞かないだろう?」
「…はあ」
「不老不死は最強のスペックのように思われるかもしれないけど、実際はただの呪い。世界の時間が進んでいく中、永遠の命の代わりに科せられた、自分だけが取り残されていく処刑なんだよ」
「…いまいち想像がつきづらいんですが、かりに不老不死っていうのが実在しているとして、それを今何でここで話題に?」
ダリウスの声も表情も至って真剣。冗談を言っているようには聞こえなかったが、だからといって緋彩にとってはこれまでの話ととても関係がある話だとは思えなかった。その伝説的な話が本当だと言われたところで何だと言うのか。
だが、ダリウスは真面目な顔を緩めたりはしなかった。
「ノアは、その不老不死の呪いに侵されている」
まるで、ダリウス自身がそうであるかのように、彼は真剣だった。
まだよくは知らないけれど、ノアとダリウスは、それくらい深い関係なのだろう。でなければ、あのノアが心を許すわけがない。
「ノアさん、が、不老不死…?」
「…そう。老いないし、死なない。世界が滅んでも、ノアはずっとこのままだ」
「ずっと、」
永遠。
それが憧れることなのか、疎まれることなのか、見方は多分人それぞれだ。見ている景色、状況、境遇、環境。どれを共有したって完全に同調することは出来ない。だから、ノアがそれをどう思っていようが、それはノアだけの考えで、ノアだけの特別なのだ。
だからこそ、それを緋彩に話したところでどうしろというのだろう。同情を買いたいタイプでは絶対にないし、反応に困る。正解を探しておどおどしていると、ダリウスは察して続きを進めようとする。だが、何だかとても言いづらそうにしていた。学校で怒られた報告を親にする時みたいだ。
そのうち決心はついたのか、ぐっと拳を握って、緋彩を真っ直ぐに見る。
「ヒイロちゃん!」
「は、はい?」
「ごめん!その呪い、ヒイロちゃんに渡ったみたいなんだ!」
「へぇ…………………………………へぇ!?」
全てはこの激白の為のお膳立てだったらしい。
バツが悪そうにするダリウスと後ろの他人事のようなノア。まだよくは理解してないのに、後ろの方にはもう少し反省してほしいと思うのは何故だろう。
「ちょ、ちょっと待ってください!えっ!?何!?私、呪われ!?」
「てます」
「ひぃぃぃ!死ぬぅ!」
「死なないんですよねぇ、だから」
間違えた。死なないという呪いなのだ。
「そ、それ、その!私、が!不老不死、という?こと!?ですか!?」
「まあ、そうだね。正確には不死、だけなのかな?」
だよね、とダリウスが振り返れば、ノアはこくりと頷く。欠伸をしながら。寝るんじゃあるまいな、と思ったが、ノアは意外にもダリウスの話の続きを引き継ごうと、伏せていた目を半分持ち上げた。
その視線はやはり虚空を見ていて、ここにいながら違う世界を見ているようだった。
「…俺の不老不死のうち不死だけをお前に渡した。その後で野獣の爪の餌食になったから、お前は今生きてるんだよ。感謝しろ」
「いや、だから!勿論感謝はしますけど!何で私にそんなことを!?」
「別にいいだろ、何でも」
「言い訳ねぇですよ!お二人の会話によると、私はノアさんの何かのミスによって不死を渡されたってことですよね?情報開示される権利はあります!」
鼻息を荒くした緋彩に、ノアはチッと舌打ちをした。面倒くせぇ奴だ、の意味だろうが、緋彩もそれだけでは怯まなかった。
だって死なないのだ。死ぬのは怖いし出来ればまだまだ生きたいけれど、それは永遠の命を手に入れたいということとイコールではない。命は限りあるものとして大事にしたいのだ。
死ぬことよりも、ずっと死を見続けなければならないことの方が余程怖いとも思う。親兄弟や友達は勿論、知り合いでもそうでなくても、自分よ
後に生まれた命でも、今から生まれる命でもずっと。
理由を知ったところで覚悟が出来るわけじゃないけれど、知らなければ後悔を残すことになる。後悔を残したどこかに、希望を置き去りにしたくない。
ノアは視線を外そうとしない緋彩の目を鬱陶しそうに睨んだ後、諦めたように深いため息をついた。
「…不老不死の呪いを、解呪しようとした」
「え?…で、できるんですか?」
「この呪いの解呪には、ある一族の血が必要だ。その血を飲めば、不老不死は効力を失う…、ということになっている」
「そ、それのどこが私を巻き込む理由に…?」
「そのある一族ってのが見つからないから、召喚すれば手っ取り早いと思ったんだ。魔法でポン、とな」
「魔法でポン…」
魔法の存在に驚かなければならないのだが、あまりにも短絡的なノアの思考に突っ込むことも忘れてしまう。何だ、ポンって。
そんな簡単に呼び寄せられるなら誰も苦労はしないだろうに。
緋彩だってそんなに頭は良くないのだが、寧ろ中間テストは後ろから数えた方が早いくらいだったのだが、こいつも相当タメを張っている気がする。
「それで…、出てきたのは何故かお前だった。どうやら失敗したらしくてな。俺の血を使って人間を召喚するつもりが、召喚したのは一族の所有物。でかい鏡とお前が出てきていた。お前に不死が渡ってしまったのは、召喚という高等魔法の構築が甘かったらしく、反動で俺の呪いに侵された血が、お前にいってしまったというところだろう」
「えっ!?はっ!?じゃ、じゃあ私はノアさんに召喚され…?」
夢、
夢だと、
そのはずだった。
だからここまで付き合ってきたのだ。
野獣に殺されたのも、
血塗れになったのも、
裸を見られたのも、
痴女扱いされたのも、
性格の悪いイケメンの話を我慢して聞くのも、
全部夢だと思ったから。
いつかきっと醒める夢だと。
「ああ、悪い悪い」
悪夢の方がまだマシだと思える現実だ。