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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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横暴の行く末

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

「さっさと歩け。早くこの重てぇ荷物下ろしたいんだよ」

「…………本当に鬼ですか、あんた……」

「あ?」


振り向くノアに、緋彩はありったけの恨みの籠った目で睨み返した。腹の傷はまだ最後まで塞がっておらず、ダラダラと止めどなく血が流れていく。その間も身体は再生していっているので、少しずつではあるが楽になっている。楽にはなっているのだが、今が辛くないというわけではないのだ。

傷の痛みと貧血でフラフラになっている緋彩に、容赦ない鞭は降りかかってくる。


「休みたいんならもうちょっと速く歩けよ。この地下で一晩過ごすことになるぞ」

「鬼!悪魔!この怪我見えてます!?これ、大怪我!死にそうなんですけど私!」

「…?それが?」


本気で不思議な顔をするノア。お決まりのように死なないから大丈夫だという台詞と、直に治るからいいだろという非情な胸の内がありありと顔に表れている。


「…ちぇっ…、この前は宿まで運んでくれた癖に、今日は随分と冷たいんですね」

「仕方ねぇだろ。こいつをここに置いていけっていうのか」

「そうじゃないですけど」


ノアは肩にローウェンを背負っている。背負っていると言うより担いでいると言う方が正しいくらい雑な運び方だが、一応自分より体重の重いであろう人間をここまで見捨てずに運んできていた。

ノアの言う通り、意識のないローウェンをノアが運んでいる限り、意識を保っている緋彩は自分で歩くしかない。だからといって、緋彩の意識だって辛うじて保っているだけであるし、ローウェンを運んでいなくともノアが緋彩を運んでくれていたとは限らないのだ。


「私よりそんな男を優先するんですね!この裏切り者っ」

「だったらこいつをお前が運ぶか?だったらお前も運んでやらなくもない」

「それ私がローウェンさん持つ意味あります!?」


というかそれはノアが人二人分を運ぶことになるのだが、それはいいのだろうか。まず可能かどうかが問われる。


「…と、冗談はさておき、ノアさんもこの傷の影響を受けていることは変わりないですもんね。すみません、弱音吐きました」

「…………」


顎に滴る脂汗を拭いながら、緋彩はふらつく足に力を籠めた。

今この状況で元気な者など一人もいない。寧ろ緋彩はこの傷が治れば元気になるのだから、今どうにか頑張れば済む話である。

先行きます、と訝し気に見つめてくるノアを追い越して、緋彩は壁伝いに出口へと急ぐ。

早く、この傷さえ塞がれば、ノアの力にはなれなくとも足手纏いにはならない。自分で立って歩き、自分で進むことが出来る。アラムと対峙してから以降、ずっとピリピリとしている殺気を少しだけでも宥めることだって出来るかもしれない。

ノアは大体不機嫌だけれど、今のノアはいつもの機嫌の悪さとは違う。恐ろしさを感じるこの不機嫌さが、緋彩は嫌いだった。

だが、早くと気持ちばかりが焦り、足が伴ってこない。何度も何度もカクンカクンと膝が折れ、転びそうになる身体を寸でで壁についた手で支える。視界は霞んでいるだろうけれど、元々何も見えない暗闇だからこれは影響ない。問題は、傷が塞がっても戻ってこない血液の所為で貧血になることだ。どうにか少しでも流れる血を抑えようと、自分の上着を腹に巻き付けて止血した。








「貸せ」


「!」








力の入らない手の上から、大きな手が被さった。

近づかれたことすら気付かなかった緋彩はビクリと肩を揺らし、目を瞬かせると、一旦ローウェンを下ろしたノアが緋彩の足元に片膝をついていた。

ノアは破れて使い物にならなくなった上着をさらに引き裂き、包帯代わりにして緋彩の腹に巻き付ける。ギチギチに圧迫された腹はコルセットでも巻かれているかのようだったが、お陰で程なくして血が止まった。


「あ…、りがとうございます」

「本当に駄目なら言え。お前の小さい身体くらいなら担ぐ余裕はある」


ノアはそうとだけ言って、再びローウェンを持ち上げて歩みを再開させる。緋彩がえっ、と訊き返す暇もなくさらりと言われた台詞は、頭の中で反芻する度に違和感が残った。






「せめて背負うってことにしときません?」






担ぐとパンツ見えそうである。




















***




















それから、緋彩達が地上に出たのは数時間後だった。結局緋彩は最後まで自力で歩いたのだが、傷が塞がったのも地上に出る直前だったので、ノアを宥めるどころの話じゃなかった。自分の意識を保っておくのも精一杯だったが、どうにか地上に出られて良かった。

意識のない大の男を背負って、もとい担いで歩いてきたノアはさすがに疲れていて、労いの言葉など掛けようものならきっと噛み殺されていたかもしれない。

さらに緋彩は、未だ意識の戻らないローウェンをどうするか問題についても、ノアに問おうとは思ったのだが、ここは無難に黙って彼の後をついていくのが得策だろうと、体力温存のためか一言も発しないノアの背中についていった。

ローウェンの家に運ぶのかと思ったが、あそこはガンドラ教が提供する宿舎だ。アラムはもうローウェンには手出しはしないとは言っていたが、このまま元の部屋に戻すのは気が引ける。ノアがどうするのかと様子を窺っていると、宿舎は通り過ぎ、緋彩達が先日泊っていた宿までやってきていた。


「……また、ここに泊るんですか?」

「このまま俺に野宿しろって言うのか」

「言いませんすみませんすぐチェックインしましょう」


無限の体力だと思っていたノアも、緋彩の傷の影響を受けて弱った身体に鞭打ったためか、既に目が据わっている。早く休ませてやらねば、彼のことを色っぽい視線で見ている女性が勢いで話しかけでもしてみろ、すぐに射殺される。


「ノアさん、今更ですけど、私もう傷塞がりましたから荷物持ちます。貸して下さ…」

「うるせぇ。話しかけんな」

「おおう…」


最高潮の機嫌の悪さに、緋彩はノアに近づくことすら許されない。元々悪かった機嫌に疲労が重なって、彼は今この世界で一番怖いのではないかという顔色になっている。いつの間にかノアが持っていた荷物を、緋彩はせめて泊まる部屋の二階までは運ぼうと預かるはずが、ノアは無視してズンズンと宿の中に入っていってしまった。

横暴の方向が間違っている気がするのは疲労の所為だろうか。










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