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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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遺産

アクア族の血を飲むと、命が永らえる。

そんな夢みたいな話、信じられないが、そもそも不老不死だって夢物語だ。不老不死を身を持って証明している以上、そんな戯言も信じないわけにはいかない。


「放っておけば死んでいた僕に、あの人は自分の血を飲ませてくれた」

「それで命を繋いだと?偶然じゃないのか。血を飲まなくても生きていた可能性だってある」

「いいや?僕はアクア族の血がないと死んでいた。現に、今だってそうなのだから!」

「!」


アラムが撫でていた右半分の顔。指の隙間から、ギョロリと眼球が動いた。


「今も、だと…?」


不審げに眉を顰めるノアに、アラムは面白そうに歯を見せてニヤついた。半分は薄い唇を伸ばして、もう半分は筋肉なのか歯茎なのか分からない肉をひくつかせて。


「ははっ、そうだよねぇ。興味あるよねぇ?」


アラムはすっと横で控えていた女に目配せする。すると、女は隅に置いてあった木箱から何かの瓶を取り出した。赤黒く、ドロリと粘着質な液体が入っている瓶。

アラムはそれを受け取ると、スポンッとコルクを開けて、そこに口をつけてコクリと一口飲み下した。薄紅の唇が、真っ赤に染まる。








「君も飲むかい?アクア族の血」


「…!」








ワインとかトマトジュースでも飲んでいるのならどんなに良かったのかとも思う。

だがそれは、そうでなければいいと思った、最も最悪なもので、ここにあればいいと思った、最も好都合なものだった。


「…何故、それを」

「何故だって?そんなの決まっているだろう?アクア族から()()したからだよ」

「採取?」


そうでなければいいと思った、最悪な所業。


「生憎僕は、この火傷のお陰で永く生きていける身体ではない。この血がなければ数ヶ月で死んでしまうんだよ」

「…お前、まさか」

「失礼な想像しないでくれるかな?あの人は病気で死んだんだ。不老不死の魔法は施されていなく、生まれつき身体が弱かったみたいだから」


アクア族は元々短命だ。勿論例外もいるが、高等魔法で身体を酷使するからだとも言われている。だからこそ、不老不死なんていう魔法が生まれたのだという説もあるくらいだった。


「ではお前は、病気で死んだそのアクア族に何をした?」


ノアはギリ、と奥歯を強く噛み締めた。

軽蔑と悔恨を含んだ憤り。

それがアラムに届くことはない。




「───血を全て抜いた、と言えば君は喜ぶかい?」




苦しみと悲しみと痛みを乗り越えて、彼は狂ってしまったのだ。


「……下衆が…」

「何が悪い?本人に必要なくなったものを譲り受けただけだ。自分の血が人の命を救い続けているんだから、寧ろ本望じゃないのだろうか」

「仮にそれが本人が望んだことだとして、いずれ終わりは来る。保存している血が底を突いたら、また別のアクア族を探すつもりか」


尤も、そんなに簡単に見つかるものなのなら、ノアはとっくに不老不死の呪いを解いている。


「それもいいけどね。アクア族が見つかって、血を提供してくれる人がいたとしても、また同じことの繰り返しだ。無限の血は手に入らない」


そこは冷静に物事を捉えられるのか。ただ狂っているわけではなく、自分の欲を満たすためには冷静にいることができる。厄介な狂い方である。

だからこそアラムはここに辿り着いた。苦しみも悲しみも痛みも恨みも憤りも全て通り越して、ただ生に執着し、それが彼の中心となってしまったから。







「それよりは不老不死になった方が将来安泰だろう?」







普通からはみ出たものは、狂気へと変わる。




「……、お前……、」




ノアの握った拳の中では、自分の爪が食い込んで皮膚を破ろうとしていた。怒りだとか、不審さだとかそういう単純なものでは言い表せない感情が募り、同じ人間を目にしているとは思いたくなかった。






と、その時。






「ひぃぃっ!!」






「っ!?」






ある意味一番警戒していたその場所から、一番警戒していた声が聞こえてしまった。




「………………あ、」




飛び出したようにザッと姿を現した緋彩は、自分でも状況を掴みきれていない表情でノアの顔を見た。

瞬間に彼の顔色は真っ黒に塗り潰される。




「……………お前、」

「……え…、あ……、ご、ごめんなさ…、ね、鼠がですね、いまして。ちょっと驚いちゃって」

「さっき鼠なんて平気だと言ってなかったか…?」

「へ、平気ですけど、身を潜めてるところに急に現れたらそりゃ驚きますよ!私だって乙女ですもん!」

「……………あ゛あ゛?」

「ひぃっ!ごめんなさい!乙女じゃなくていいです!乙女じゃなくてもいいですけど睨まないでください!」


男の子だってびっくりすることありますもんね!?という謎の弁明をする緋彩に、ノアは思わず頭を抱えた。そしてチラリとアラムの方へ視線を戻すと、彼の顔からは笑みは消え、つまらなそうな表情で二人を見ていた。


「あ、すみません、邪魔をしてしまって。どうぞ話の続きを」

「お前は黙ってろ」

「あいてっ!」


そそくさと元の場所に戻ろうとする緋彩の額に、容赦ないノアの手の鞭が当たる。今更隠れたって意味がない。




「もう一人客がいたか。…君は?」




ノアにはあんなに興味深そうにしていたのに、緋彩を見るアラムの目はやけに冷たかった。自分に無関係だと思ったものにはとことん興味が失せるらしい。ここで緋彩が不死だと明かせば、あの濁った瞳が輝くのだろうか。


「あー、えっと、雨野緋彩といいまス」

「……………誰だ」


ですよね。

アラムからしたら突然現れた鼠女(鼠に驚いた女のことを指す)だ。ノアとそこそこ親しげ、もとい言い合いをするくらいには知った中で、今の話も恐らく聞いていた。怪しまずにはいられないだろう。


「え、えーと…その、ノアさんの相棒です」

「あん?」

「という名の下僕です…」

「よし」


ノアは満足そうに頷くと、掴んだ緋彩の胸倉を離した。

アラムにとっては多分どうでもいいことだろう。証拠に彼の目はもう緋彩を見ていなかった。


「…女を飼っているのかい?不老不死の君には惨いことするね?」

「ふざけろ。好きで飼っているわけじゃない。足手まといもいいとこだ」

「……ふぅん?」


アラムは頬杖を付いた顔を傾けて、少しだけ興味の戻った目をしてほくそ笑む。

どうでもいいが、二人とも飼っているって言うのやめないだろうか。


「何だか悔しいなぁ。下僕でも何でもいいから、僕が君の側に付きたいくらいなのに」

「こいつも大概だが、男なんて余計御免だな。絶世の美女にでも生まれ変わったら考えてやってもいい」

「ええ、ノアさん面食いだったんですか?私生まれ変わった方がいいですか?」

「お前は黙ってろ」


緋彩が口を出すと話があらぬ方向へ行ってしまう。ノアは本日二回目の黙れ発言と睨みで緋彩を牽制した。余程殺気が篭っていたのか、緋彩は無言でコクコクと頷く。


「生まれ変われるかどうかは分からないが、ノアくんを僕のモノにするには、少なくともその女は邪魔だなぁ」

「は?」


アラムは頬杖を解き、不自然にその手首を回す。コキ、ポキ、と骨が軋む音がする。ふう、一息つき、肩まで軽く回す。


それは何かを始める前の準備運動のようで。







「邪魔、だ」







伏せた目が緋彩へと持ち上げられたその一瞬、








「────────…え、」








瞬きの時間すら与えられず、


気が付いたら緋彩の腹にはぽっかりと穴が空いていた。







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