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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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生か死か

アラムは一度死んだ。


正確には世界から存在を消された。

誰も悪気はなかったし、故意的でもない。状況が状況だけに、死んだと判断されてもおかしくなかったのだ。


アラムは火の中へ放り込まれた後、一人で燃えた。人間が焼かれる光景など目にしたいものなどいなかった。だったらそんなことしなければいいと言うのが当然の言い分だが、嫉妬と欲に塗れた人間は何を考えているか分からない。

だからアラムは一人で苦しみ、一人で悲しみ、一人で痛みに耐えた。命からがら火から脱出出来た時には、以前の自分の姿は左半身のみになっていた。半分死に、半分生きているみたいだった。だがアラムは動いていたし、息もしていたし、怒りと悲しみを抱いた。生きている、とその事実が自分すら信じられなかった。


アラムが燃えた火が消えた跡には何も残らなかった。

それはそうだ。アラムは生きているのだから。

だが、誰もがアラムは亡骸も残らないくらいに燃え尽きたと思ったのだ。無理もない。

アラムが死んだと思っても、無理もないのだ。


生きていても、アラムはまた元の世界に戻る勇気はなかった。消された世界で自分が必要とされるとは誰も思わないだろう。

だからアラムは自分を知らない世界で生きようと思った。




誰も自分を羨ましくも疎ましくも思わない世界で。









「で?あったのか?そんな都合のいい世界」


一通りアラムの話を聞いたノアは、冷淡にそう問うた。どこまでも同情という言葉を知らぬ男である。

アラムは肩を竦めながらないね、とあっけらかんと返事をしているところを見ると、彼も同情を買いたかったわけではなさそうである。


「僕も馬鹿じゃないから、そんな世界が簡単に見つかるとは思っていなかったさ。だけど、僕には世界ではなくて希望を与えられた」

「希望、ねぇ」


アラムにとってはそれは一筋の光だっただろう。ノアは顔に胡散臭、と書いているけれど。


「生まれ故郷から離れて遠い地を彷徨っている時にね、一人の人間に会ったんだ」


その人はとても優しくて、とても力強くて、とても親切だった。そう思い出すように語るアラムは、本当にその人物を尊敬していたのだろう。目の前にその姿を思い浮かべ、その時間を振り返り、その気持ちを取り戻す。


「その人は怪我と疲労でボロボロだった僕を保護してくれた。…いや、その時僕はもう、死んでいたのかもしれない」


重度の火傷を負い、手当てもせぬまま歩き続け、食べるものも飲むものも休む場所もなく、麻痺した感覚では生きているのか死んでいるのかも分からなかった。地面に動かなくなった身体を擦り付けて、閉じた視界が再び開くことがなくなったということは、恐らく死んでしまったのだろう。息が吸えなくなり、吐けなくなり、鼓動の音が弱くなっていって、聞こえなくなって、自分が何者か分からなくなったということは、恐らく死んでしまったのだろう。

苦しみと悲しみと痛みに耐えて、やっと生き抜いたけれど、結局はこうなってしまう運命なのだとアラムは思った。

だが、気が付いたらアラムは目を開けていた。二度と見ることはないと思ったこの世界をまた目にすることが出来た。何の未練も思い入れもない世界だったのに、その瞬間、嬉しかったのだとアラムは目を細める。


「どうも要領を得ないな。…一体、何が言いたい?」

「分からないかい?ノアくん。一度死んだ僕は、生き返った。若しくは死ぬはずの身体に命を与えられた。…これが、どういうことなのか」

「…………」


懐かしさに綻んでいたアラムの表情は、僅かに崩れる。歪められたと言ってもいい。無邪気なものが邪気に染められた瞬間だ。

ピクリと眉を動かしたノアは、口を引き結んで暫し黙る。思考を巡らし、それがある一つの答えに辿り着いた時、砂を噛むような不快な表情を滲ませた。










「────…アクア族か」










ノアの答えに、アラムは口端を吊り上げた。

それがどういう感情だったのかは分からない。


「…そう。僕を助けてくれたのはアクア族の人間だった。彼女は不運な僕の命を、アクア族の血で救ってくれた」

「アクア族の血で…?」

「ふふ…、多分世の中には知られていないだろうけれどね、ノアくん」


アラムの表情は段々と歪みが酷くなり、邪気に塗れ、欲に塗れ、









「アクア族の血には延命の効果があるんだよ」


「!」









死よりも黒い世界に降り立った。















***















気分が悪い。

この地下の雰囲気と、奥から聞こえてくる話の内容の所為だろう。

緋彩は必死に吐き気に耐えながら、それでも懸命にノアとアラムの話に耳を傾ける。目を逸らしてはいけないことだと思った。聞こえていない振りをしてはいけない話だと思った。ここまで首を突っ込んでおいて、ノアだけに背負わせていい問題ではないと思ったのだ。


これは、緋彩とノア、二人の問題だ。





「……延命…?」





緋彩は聞こえてきた言葉を思わず声に出して呟いてしまい、慌てて自分で口を塞ぐ。どうやら向こうには聞こえていなかったようで、ほっと胸を撫でおろした。

それにしても、延命とはどういうことなのだろうか。

アクア族の血と言えば、法玉が魔法を解放させるための材料だとノアからは聞いていたが、血単体での効果など知らない。そもそも一人間の血に、そんな特効薬のような効果があること自体驚きなのだが。

ノアの反応を見るに、彼もその事実は知らなかったようだ。

アクア族の情報というのは、一見ノアにとっては有益かと思うが、彼の表情は浮かなかった。内容が内容の所為もあるのか、それでもノアという男は自分都合主義であるので、どんな胸糞悪いに内容だとしても、新しい情報であれば手を叩いて喜びそうなものだが。


ああ、そうか。


彼は不老だったり不死だったり、授けられた運命を捻じ曲げることの恐ろしさを知っている。





いつもブックマーク、評価、ありがとうございます。

書くことで精一杯で事務連絡しかしてませんが、毎度床に額を擦り付ける勢いで喜んでおります…!

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