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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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普通を極めた行き先

「ほう…、お前は…」


姿を現したノアに、男は興味深げに目を眇めた。女の方もノアを見てはっと息を呑んでいた。どちらもノアのことを知っている反応だ。この反応にノアの方は慣れているのか、特に無表情を崩さないまま、男たちの方へ足を進めた。そして、意識を手放してしまったローウェンの方にチラリと視線をやって、また男へと戻す。


「悪趣味なことやってんな」

「人聞きの悪い。これは人類の成長に役立つ研究だよ。──…ノア=ラインフェルトくん」


男は半身だけ向けていた身体を、もう片方の右半身もゆっくりとノアの方へ向ける。




その顔を正面から見た時、ノアはピクリと片眉を動かし、緋彩は声を出さないように自分の口を手で覆った。




見せていた片面は美青年と言われるにふさわしい甘美な面差し、そして奥から現れたもう片面はまるで野獣、いや野獣の方がまだ可愛いと思えるほどに焼け爛れて崩壊していた。皮膚などはもう殆どなく、肉や血管が剥き出し、眼球は機能しているのか分からないままにギョロギョロと動いている。右半分が彼であった面影は、瞳の色だけだった。


最小限ではあっても、その姿に反応を示したノアに、男は嬉しそうに目を細めた。


「驚いたかい?ああ、自己紹介がまだだった。僕はアラム=ロギノヴァと言うんだけれど、昔はこの町じゃ結構名の知れた()()()だったんだ」


そりゃノアみたいな奴と並べばどんな美少年も形無しだ。尤も、ノアとアラムでは系統の違う美しさで、アイドルグループにでも所属していたら派閥が出来るだろう。

そんなことには全く関心のないノアは、心の奥底からだからどうしたという声を表情にありありと滲ませた。過去の栄光に縋ることも下らないし、自分で美少年とか言ってしまう辺り、面倒なタイプだと認識したのだ。


「…それで?その()()()がこんなところで何してんだ?」

「押しかけて来たくらいなのだから、大方予想はついているんだろう?不老不死のノアくん」


アラムはこうしてノアと対面することを予測してたとでも言うようだった。寧ろ不老不死の薬の研究をしているのだから、不老不死だったノアと会うことは悲願だったとも言えなくないだろう。ノアへの興味というよりも、不老不死への興味だ。


「一応確認しておくが、ガンドラ教の教祖はお前でいいんだな?」

「如何にも。そして、狭いけれどここが僕たちの本部になる。君ならいつ来てくれても構わない。歓迎するよ」

「せっかくだが遠慮する。用が済んだらさっさとお暇するからお構いなく」


横で控えていた女が茶を用意すると言ったが、ノアはそれを拒否する。長居するつもりは最初からないのだ。

アラムは実に残念そうではあったが、余韻など全くなく話を続けた。


「用とは何だ?まさか君も僕たちに協力してくれるわけではないだろう?それはそれで嬉しいんだが」

「生憎、俺はお前らほど暇人じゃねぇからな。毎日()()()()()()ことで精一杯だ」

「ほう…?」


初めてアラムの表情に変化が見えた。終始弧を描いていた口元は僅かに水平に戻る。怒りに触れたとも取れなくもないが、あからさまな感情の表れはない。


「お前らに協力するわけではないが、お前らの研究には興味があると言ってもいい。先ほどの話では、いろんな条件の生き物の血肉を材料に薬を作っているみたいだな?」

「ああノアくん、君は分かってくれるかい?この素晴らしい研究を」


彼の目は、まるで新しい玩具を手に入れた子どものようだった。






「そう…、もうすぐ、もうすぐ完成するんだ。夢にまで見た不老不死の薬が…!」






とてもとても面白い、何時間でも何日でも何年でも、いくつになっても遊べる、一生モノの玩具を。

そんな無邪気な子どもを、ノアは愛想のない表情で見下ろした。


「…もう一度言うが、やっぱり悪趣味極まりないな」

「もう一度言うけど、これは人類の成長に大いに役立つ薬だ。だから君も興味を持ってくれたんじゃないのか?」

「アホ言え。俺はこの()()を解くために情報を得たいだけだ」

「そんな、勿体ない」


アラムがわざとらしく表情を歪めると、右半分の顔の筋肉が動くのが分かる。グロテスクで目を背けたくなる光景だけれど、これが人間だ。どんな美貌の裏でも、これが備わっている。

現実だとは分かっていても、緋彩には見続けておくことが出来ず、強く目を瞑って会話だけに集中した。




「で、だ。聞き間違いじゃなければ、さっきアクア族という言葉が聞こえてきたんだが?」




ノアは一瞬だけ緋彩の方へ目線を向けたが、アラムが気付く様子はない。そして、悪趣味な奴と悪趣味な話を続けるつもりはないと、自分の用事だけを押し通した。

それでもアラムはノアが自分たちに興味を持ってくれることに喜んでいるのか、嬉しそうに笑みを深くした。








「少し、昔話をしようか」









愛おしそうに、自分の顔の右半分を撫でながら、語り掛けるようだった。

子どもを寝かしつけるようなその語り口は、優しく、甘く、同時に自分の胸の内を悟らせないような冷たさと拒絶を孕む。

この空間にたった一つだけある椅子に自分だけがゆったりと腰掛け、まるでこの場を支配しているような空気を醸し出しながら、アラムは笑みを絶やすことなく言葉を紡ぐ。




「僕はごく一般家庭の家に生まれた。特に不満もなかったし、それ以上のことを望んだこともない。ごく普通に、平凡に育ってきたんだが、一つだけ秀でているものが容姿だった」




脈絡のない昔話は、そこから何か情報を得られるようには思えない。アラムがノアにではなく不老不死の身体にだけ興味があるように、ノアもアラムにではなくアラムが持っている情報にだけ興味があるのだ。

きっと遮っても彼は話を続けるであろうことは予想が付いたので、ノアは口を挟むことはしなかった。ただ温度の低い目をアラムに向けている。


「もしかして君も経験があるかもしれないが、美しい容姿は時に嫉妬される。物心がつき、美醜が分かるようになった年齢になった頃から、僕は苛められるようになった」


可笑しな話だろう?とアラムは自嘲のような笑みを浮かべた。普通なら美しい物は賛美され、チヤホヤと愛でられるものだというのが一般論だ。実際、アラムもそれまでは蝶よ花よと育ってきていた。何もしなくても大人は可愛がってくれるし、何もしなくても友達が寄ってきていた。まるで自分が世界の中心かのように。

だが、人間は枠からはみ出るものを疎む傾向がある。”普通”を決め、”普通”が当たり前とし、”普通”を好む。それがどんなに憧れであっても、どんなに美しくて眩しくても、”普通”からはみ出たものは異質なものとして扱うようになるのだ。


共存など出来ぬと。




()()ではない僕を、奴らはどうしたと思う?普通が正しいと思っている奴らは、普通のことをしたと思うか?」




アラムは楽しそうだった。

面白そうだった。


だが、嬉しそうではなかった。











「奴らは僕を業火の中へ放り込んだ」











当たり前だ。

それが嬉しいと思うまでには、アラムは狂っていなかった。

笑みの中に怒りを潜め、穏やかな声の中に恨みを宿し、深い深い記憶の中に消えぬ傷を刻む。




「奴らにとって、あれは厚意だったのかもしれない。僕を()()()()()()()()()()()結果の行動だったのかもしれない」




美しい物は半分醜くなると、普通になると単純な方程式を作り上げたのかもしれない。



だから、



お礼を言えとでも言うのだろうか。







「……それが、何故不老不死を求めることに繋がる?」







アラムに同情の空気が流れ始めても、ノアは冷静だった。

確かにアラムは悲運だった。同情を禁じ得ない話でもある。



だが、誰もが彼の味方になるとも限らない。



ノアは感情など微塵も感じられない冷たい目線をアラムに向けたまま、平坦な声だった。


「それが悔しかったのなら、許せなかったのなら、やり返せばいいだろ。私怨に周りを巻き込むな」

「話はまだ終わってないんだノアくん。…もう少しご静聴頼むよ」


冷たいノアの反応にアラムは気を悪くする様子もなく、ただたた話を聞いてもらうことだけを求めた。ストレスの溜まった女子達の女子会トークのようだ。言いたいだけ、どんなに一辺倒な返事が返ってきても気にしない。同情した振りでもしておけばうまくその場を凌げる。

尤も、ノアにそんな気があるわけはないのだが、アラムの話が終わらない以上、情報も聞き出せそうにないということは分かっている。否が応でも聞くしかないのだ。


「この顔はさぁ、その時に焼かれたんだよ。火傷が激しくてもう再建は出来ないし、生きていることが奇跡だと言われた。常識的に考えて、これ程の火傷を負えば人間は死ぬ。周りも、僕を火の中へ突き飛ばした奴らも、家族も、皆そう思っただろうね」

「奇跡的に助かった、と」

「…まあ、結果的に言えばそういうこと。…命自体はね」

「命、自体?」


アラムは優雅に用意された茶に口を付ける。壮絶な過去を話している態度とは思えない。眉を顰めたノアに頷いて、楽しげに微笑むのだ。





「命は助かったけど、僕の存在は世界から消えた。みーんな僕を死んだと思ってる」





望んでいたわけではあるまいに、まるで人を欺いてやったかのような、勝ち誇った顔だった。










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