表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
54/209

実験の成果

「それより、そろそろ口を閉じろ。奴らのところに辿り着くぞ」

「へ?」


緋彩を腕にぶら下げたまま、ノアは闇の中へ向ける視線を鋭くした。鼠が出てきた時もそうだったが、緋彩にはそこに何も見えはしない。ノアには見えているというよりも、気配を感じているのだろう。目には見えない空気の動きを、温度を、匂いを、揺らぎを、説明のつかない感覚で感じ取っている。同じものを感じることは出来ないけれど、緋彩はノアの途端に色を変えた空気に身を固くした。

足音も大きなものにならないように注意しながら進んでいくと、黒一色の景色の中に、ほのかにオレンジ色に光る一点が現れる。ゆらゆらと揺れる光は火の玉のようにも見えるが、近づいていくと、道を左に曲がったその一角が火で照らされているのだと分かった。

それくらい近づけば緋彩にも人の気配がするのが分かる。そんなに多い人数ではない。ノアに倣って壁伝いに明かりの方へさらに近づくと、話し声も聞こえてきた。




「生後一時間と死後一時間の人間の血、再生力の強い野獣の肉、治癒力を高める薬草、それからアクア族の血で作ったこの薬、一番効果があったな」

「はい。この者に付けた傷は凄まじい再生力で治癒し、身体の機能も上がっています。不老までは確かめようがありませんが、不死であるかどうかだけは今ここで試すことが出来ますがいかがいたしますか?」


続けて聞こえたくぐもった男の声は、恐らくローウェンのものだ。猿轡を噛まされているのだろう。抵抗と助けを呼んでいるようだった。


「…いや、今はやめておこう。せっかく成功例が出たんだ。もう少し様子をみたい」

「分かりました。ですがアラム様、成功例はもう一人いますので、こちらは試しに殺してもいいのでは?」

「何だ、それを早く言え。ではそちらをそのまま生かして、こちらは不死の確認をするか」

「はっ」





思わず声を出しそうになった緋彩の口がノアによって塞がれ、『声出すつもりじゃねぇよな?』という視線が降ってくる。勿論ここで声なんて出したら向こうにこちらの存在を示しているようなものだし、緋彩だってそんなことは分かっている。だけど、こんな話を耳にしては声も出るだろう。

耳を塞ぎたくなる言葉の羅列、同じ人間が喋っているとは思えない想像の上を行く会話。自然と眉根が寄り、喉の奥の辺りがキュッと収縮した。息を止めて、ノアの大きな手が手首を強く握っていなければ、きっと今頃緋彩は飛び出していっているだろう。


ノアの手も熱かった。


身を潜めて慎重に窺い見る奥の様子は、人間がローウェン以外に四人、三人は男、一人は女のように見える。ローウェンを連れてきた男二人は端の方に寄って待機している状態、もう一人の男はどうやらこの中で一番上のボス、傍で控える女性はその従者のようなものだろう。

ローウェンは手足を縛られてはいるが、声を出していたくらいなので意識は奪われていない。だが抵抗させない為か弛緩剤のようなものを打ち込まれ、今にも気絶しそうだった。

”不死の確認”の準備は着々と進められ、待機していた男がノアが持っているものよりも大きな大剣をボスに手渡し、サンプルでも取る気なのか、女が試験管のようなものをいくつか用意する。


そして、目が虚ろなローウェンに向けて剣の刃を見せびらかすようにし、男はニッと笑った、気がした。

背中しか見えない状態では表情どころか男がどんな顔をしているのかすら分からない。男が握る剣はきっと、あの時緋彩にされたように、ローウェンの皮膚を突き破り、血管を分断し、骨を砕いて、心臓に辿り着く。意識も絶え絶えな状態のまま、いつ死んだかも理解できないだろう。


そんなものは関係ない。


彼は実験台であるのだから。






刃は鋭く構えられ、柄を握る手に力が込められる。






そのまま、






一突き。















「────と、その前に、客人をもてなそうか」















男の手はピタリと止まり、ゆっくりと下げられる。


ノアが目を細め、緋彩がはっと息を呑んだ時にはもう、男の視線はこちらを向いていた。





「どなたかは存じ上げぬが、そこにいるんだろう?」





半分だけ振り向いた顔は、意外にも若い。白い肌に金の瞳、闇に紛れそうな漆黒の癖毛が身体を蝕む呪いのように顔を覆う。薄汚れた黒いマントに身を包んでいるので体格はよく分からないが、身長はノアと同じくらいかそれよりも高いかもしれない。美青年といえばそうなのだが、せっかくの金色の瞳を打ち消してしまいそうなどす黒いオーラが、彼を異質なものに変えていた。


「こいつらが招いたのだろう?来てしまったからには十分にもてなしてやるので出てくるがいい」


『こいつら』と呼ばれた、ローウェンを連れてきた二人に金の視線が流される。それはどんなものか分からなかったけれど、大の男がひっと声を上げるほどのものだったらしい。




「さあ」




マントの中から伸ばされた手が、誘うように緋彩に向けられているようだった。思わずそこに手を重ねに行こうと思えてくるほど。










「おい」

「!」


何を考えていたのか、ノアの抑えた声にはっとした緋彩は、瞬いて彼の顔を見上げる。現実に引き戻されたような気分だった。


「お前はここで待ってろ」

「え、でも…」

「絶っっっっっっっ対に出てくんじゃねぇぞ?」

「は、はひ…」


面倒なことにしたらぶち殺すと言わんばかりの目に、幽霊なんかより余程ノアの方に恐怖を覚える緋彩だった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ