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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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強すぎるモーニングコール

ガンドラ教も一応信者はいる。でなければ宗教団体として形を成すことは出来ない。いくら宗教といっても財を成すためのことはしなければ続かないのである。

ガンドラ教の真の目的は不老不死の薬の研究であることは間違いないだろう。だがそれは何故表向きの顔をガンドラ教という宗教にしたのか。単に製薬会社のように銘打った方が目立たないのではないだろうか。普通、誰もがそう思うだろう。

だが、目立たないように活動するだけでは駄目だったのだ。薬を作り出すためには”材料(ヒト)”が必要だった。人の血肉が、実験台が必要だった。その為に様々な人種の人間を募っても不自然ではない宗教という形を築いたのだ。熱心な信者なら血だって肉だって差し出す。自分の身体全てだって投げ出して神に捧げる。自分たちが信じているものはイカれた神だということも疑わずに。


「大方、こういう宿舎やアパート、公共施設なんかに入ってきた人間を()()してたんだろうな。その中から目ぼしいモノを見つけ、薬の材料としたり、ローウェンのように実験台にする」

「…そんな…」


吐き気がするような話だ。それが事実で、今緋彩の目の前で行われていることだということが余計気分の悪さを増す。眉を顰めた緋彩に、ノアが煙たそうな表情で吐くなよ、と忠告した。前回のことが相当トラウマになっているらしい。心配せずともここにはトイレもあるし、もし吐いたとしてもノアに迷惑をかけることはないから大丈夫だと緋彩が胸を張ると、彼は何故だか遠い目をした。


そんな調子で二人は明け方まで交代でローウェンの部屋の方に耳を欹てた。交代と言っても、緋彩の番の時にはウトウトしていた彼女をノアが叩いて起こしていたので、ノアは多分ずっと起きていたと思うが。









「起きろ、痴女」

「ふえ…?」


鼓膜を優しく揺らすような甘い低音が、緋彩の意識を覚醒させる。悪口のモーニングコールであっても、その声だということだけで何でも許せそうな気がした。

寝ぼけ眼を擦りながら瞼をこじ開けると、窓から朝日が入り込んでいて、緋彩の瞳を眩しく射した。眩い光に目を眇めると、もっと眩しい顔がぬっと視界に入り込んでくる。


「っ!?」

「…………」

「お、お、おはようございます……?」


ぼやけていた意識も視界も一気に鮮明になり、鼻の先が触れそうなほど近くにあるノアの顔にとりあえず挨拶をした。相変わらず眉間の皺はそこが居場所だと言わんばかりに堂々と居座っているが、今のこれは不機嫌というよりも怪訝と言った方が正しいかもしれない。緋彩はついに眉間の皺の具合でノアの機嫌を察知することが出来るようになった。


「お前、」

「な、な、何でしょう?ね、寝癖?寝癖ついてます?」


こんな格好で寝れば寝癖の一つや二つつくのは許してほしい。何とか少しでも収まればいいと、緋彩は手のひらで自分の髪を撫で付けるが、ノアはそれにも違うと首を振った。

そして、気怠そうな目線で真っ直ぐに緋彩を見つめてくる。




「お前、瞳の色珍しいのな」

「はい?」




そういえば挨拶も返さないままに何を言い出すのかと思えば、ノアはまだ尚、緋彩の瞳を納得するまでじっと見つめた。緋彩が近すぎる彼との距離に息を詰め、驚きと居心地の悪さに何度も瞬きを繰り返すと、やっとノアは顔を離してくれた。寝起きには刺激の強すぎる顔面である。


「何ですか急に」

「急というか、今気が付いただけの話だ。お前、地味な目の色だと思ってたけど、光が当たると少し赤茶のような色に見える」

「あ、あー…なんかそうみたい、ですね…」

「他人事だな」

「だって自分の目なんてそんなまじまじ見ることないですし、人からたまに言われるくらいなんで」


水晶よりも透明度が高く、宝石よりも神秘的で、まるで人間の持ちものだとは思えない紫紺を宿している男にだけは、珍しい色だなんて言われたくない。だがノアも緋彩と同じで、自分の瞳の色など何とも思っていないのだ。さすがにこの色が日本にいたらカラコンだとしか言われないだろうが、この世界では当然あり得る色なのだろう。ノアの言う通り、緋彩の殆どこげ茶の瞳の方が珍しいと思うくらいに。

だとしても、ノアの瞳の色は特別だと緋彩は思う。この世界で会った人、すれ違っただけの人、敵意を向けられた人、様々な人間を目にしたが、確かに日本ではありえない目の色の人もたくさんいた。

だが、それでもノアのこの瞳だけは、特別だと思うのだ。紫とも紺ともつかない両者が混じり合いすぎないように混じり合った複雑な色は、深い海の底と深い夜の空と、そこに滴った一滴の血が赤にも青にもなれずに行き場を失った混沌の色。







「ヒイロ」


「!」







再び揺れた鼓膜に、緋彩の肩は大袈裟なまでにビクリと飛び上がった。離れて行ったはずのノアの顔が、また目の前にある。今度の眉間の皺の具合は、これは何だろうか。


「…な、ん…でしょう……?」

「そりゃこっちの台詞だ。何だ、急に黙りこくりやがって」

「あ、ああ…すみません、何でも…」

「?」


危うくノアの瞳に吸い込まれそうになったと緋彩はこっそり冷や汗を拭う。あの中に入ってしまうと一生出られそうにない。一生こき使われて罵倒されて、殴る蹴るの暴行を受けた上に死ぬことも許されないのだろう。なんて恐ろしい瞳だ。


「ノ、ノアさんが急に私の目の色が変とか言うから、ちょっと戸惑っちゃったんですよ…」

「別に変とは言ってねぇだろ」

「じゃあ何ですか」

「何怒ってんだ」


ノアは狡いと緋彩はつくづく思う。

こき使われようが罵倒されようが殴られようが蹴られようが、ちょっと強すぎる顔面と甘い声で囁けば何でもどうでもよくなるのだ。許せるのだ。それが腹立たしい。

彼のいいようになるものかと背けた顔は頬が膨れていて、機嫌を損ねていると見れれても仕方のないもの。怪訝なノアの視線を見返してしまったら、また絆されてしまうことを恐れて、緋彩は足元の床を睨んだ。

そこに、呆れたようなため息交じりの声が降ってくる。








「綺麗な色だっつったのがそんなに嫌だったわけ?」


「────────……え?」








思わず見上げた顔は、相変わらずの造形品で、少しだけ不満が混じった表情で、だが特別なことは何も言っていないかのような、いつものノアだった。




「…………」

「…………何だ」

「…………」

「…………何か言え」

「…………」

「…………おい」

「…………」

「…………死んだか?」




瞬きすらせずにピタリと動きを止めた緋彩に、ノアは生死を確かめようと眼球に指を突き立てようとしているのに気が付いて、緋彩は即座に飛び退いた。


「何すんですか!」

「死亡確認」

「それは瞳孔の散大を確認するのであって目潰しをするのではありません!」

「どちらも反応を見るものだろう。然程変わらない」

「変わるわ!」


眉一つ動かさずに言ってのけるノアが恐ろしいことこの上ない。緋彩の目が潰れたら彼にだって影響が来るはずなのに、本当は馬鹿なのかこの男は。

死守した目を訝しげに顰め、緋彩は睨むようにノアにその瞳を向けた。


「………何、企んでるんてす……?」

「何が」

「だってノアさんが褒めるなんて何か裏があるとしか思えない…!」

「ああっ?」

「ノアさんが常人並に人を褒める言葉を知っているなんて…!」

「よぉーしヒイロ、今回はどうやって捌かれたいんだ?今ならお前の望み通りにしてやろう」

「ヒィ!!」


自分に被害が出ようと、緋彩()を抹殺するためならそのくらいのことやってのけそうなのがノアだ。一心同体だから大丈夫だなんて甘い考えは今すぐに捨てよう。彼の目は本気である。


「ちょちょちょ落ち着いてノアさん!?私はただノアさんも人の心をお持ちなんですねー!って感心しただけですよ!?むしろ探さしても探さしても見つからなかった尊敬すべき点を、やっと見付けた瞬間だったんですよ今!」

「……ほう?」

「ノアさん?目が据わってますけど…?」


きらびやかな朝日の光をも打ち消す断末魔の叫びが、怪しまれるから静かにしろと咄嗟に口を押さえたノアの手の中に消えていった。








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