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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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変貌した姿

ノアが呟いた名前に、勿論緋彩は聞き覚えなどない。目を瞬かせながら、ノアの顔を見た。


「知ってる人…ですか?」

「…この間、野獣討伐で一緒になった」

「え、そんな刹那的な人の名前をノアさんが覚えてるなんて…奇跡!」


顔すら覚えていなくてもおかしくないのに、と本気で緋彩はノアを心配した。

何にせよ、別の場所で出会った人と偶然再会することなんて別に珍しいことではない。そんなに驚くことでもないのだが、ノアが眉を顰めたのは、ローウェンがそこにいたということよりも、その姿がノアが見た彼ではないように感じたからだ。

着ているものこそそこまで粗末なものではないが、育ちの良さそうな高貴な雰囲気はもうどこにもなく、明るく人当たりの良い笑顔はこけた頬に変わっていた。あんなに花が似合いそうだったのに、今は腹をすかせた子どもを養っていそうだった。

ローウェンを見たのはほんの一週間ほど前のことなのに、そのたった一週間で人はこうも変わってしまうものかと思うくらいだ。


「…ちょっと行ってくるけど、お前はついて来んなよ」

「え、何で!」

「鬱陶しいから。つーか、仕事中だろ。真面目に稼げ」

「むぅ…」


仕事中に外に呼びに来いって言ったのはどこのどいつだ。ノアが理不尽なのはいつものことなので、今更腹も立たないが、その時のノアの顔が、緋彩にはいつになく気難し気に見えて、少し心配になりながら仕事に戻った。














「ここ、いいか?」

「!」


静かに掛けられた声に、ローウェンは俯けていた顔をぱっと上げた。いいか、とは訊いたものの、返事も聞かず勝手に座るノアに、ローウェンは何で、と声を震わせた。


「どうして君がここに…ノア」

「別に。たまたま寄った店にお前がいた。…何も奇跡ではないだろ」

「そう…、だけど」


最初はノアと目が合っていた。定まらない視点ではあったけど、何とか落ち着けようと必死にノアの目を捉えようとしていた。だが、ノアの目が強すぎたのか、徐々にローウェンの視線は下がっていって、ついにはまたテーブルの上で強く組んだ手に戻ってしまった。

固く口を引き結んだローウェンは、ノアの視線に耐えるように震えていた。そんなに問い詰めるような目で見ないでくれ、何も訊かないでくれ。彼の全身からそう訴えているのはありありと分かるのに、ノアはそれを気遣う様子もない。頬杖をついた威圧的な態度で、容赦なく向き合ってくる。





「この間、ラクスと会ったか?」

「……え?」





ローウェンはてっきり、その様子はどうしたのかと訊かれると思っていたのだろう。答えるまでこの刺すような眼光で射抜かれるのだろうと。

だがノアの口から漏れた言葉は、世間話の続きのような質問で、ローウェンは思わず目を瞬かせた。


「ラクス…?」

「お前が討伐に来なかった日、ラクスが帰りにお前のとこに寄ると言っていた。心配していたみたいだが」

「あ……、あぁ…、来たよ。家の場所は教えていなかったのに、近所の人に訊いてまで…」

「はっ、あいつならやりそうだな」

「……、」


鋭かった目を少しだけ緩ませて、ノアはくすりと笑った。勿論、顔がいいのでその表情は女性が見れば身悶えするようなものだったのだが、ローウェンはそれを見て強張らせていた顔の筋肉が少しだけ解されたのが自分で分かった。

ローウェンの珍しい物を見るような目に、ノアは不思議そうに首を傾げる。


「…?…何だ?」

「…いや、…ノアでも笑うんだなぁって思って」

「俺が感情を失った人形だとでも?」

「ああいや、ごめん。そういうわけじゃ」


ノアの顔からはすぐに笑顔は消えたが、もうそこに威圧感のようなものは感じない。どいつもこいつも、と文句を垂れるノアが以外にも人間的で気が抜ける。ローウェンの肩からはすっと力が抜けて、ほんの少しだけ顔色に生気が戻った。

それを確認したからか、ノアは流れるように言葉を繋ぐ。


「それで?お前はどうしたんだ、()()()()()()()

「…………」


飲食店で顔見知りに会うことは奇跡ではないと言った方のノアが、そんな質問をするのは些か矛盾しているようだが、それは言葉通りの意味ではないことは、ローウェンにも分かった。自分が先日ノアに見せた姿ではないことくらい自覚があるのだ。

だからこそローウェンは余計口を堅くした。二人の間だけで沈黙が流れるのに伴って、周りの音は音量を上げたように煩く耳に響いてくる。ノアは応えを急くことも、脅すような空気を醸し出すこともしていないのに、周りの方がローウェンを追い立てるようだった。

どこかで動く時計の針が数えられないくらいになった頃、ノアは近くにいた店員に茶を二つ頼む。ローウェンに早く答えろとは言っていないが、答えるまでここから動く気はないと聞こえた。


店員が頼まれた茶を持って来て、ノアに小さく礼を言われたことに顔を真っ赤にして去っていった。ローウェンの視界に湯気の立つ赤褐色水面が入ってきて、そこに映る自分の醜い顔に吐き気さえ覚えた。頬はこけ、目は落ちくぼみ、肌は乾燥して茶の色に助けられていても色がくすんでいる。

たった数日。数日でこんな風になった。数日前のほんの一瞬のことで。



「ノア、」



カップから湯気が立たなくなり、すっかり茶が冷めてしまったころ、周りの雑音にかき消されそうなほど小さな声がローウェンから漏れる。











「ガンドラ教って知ってるか……?」









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