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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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世間知らず

ノアが請け負った仕事は、町に害をなす野獣を倒すという極々シンプルなものだ。野獣には厄介度によってランクがつけられており、ランクの高い野獣を倒すとより多くの賃金が支払われる。討伐隊は他のルートから傭兵として雇われる人たちと組まれており、ノアはノアの他に二人、三人一組で行動する隊に加わった。


「俺はラクス、宜しくな!」

「僕はローウェンだ。宜しく」


人懐っこい大型犬のような男がラクス、格好が違えばどこかの王子様のようにも見える男がローウェン。脳筋とお坊ちゃま、とノアは心の中で呟いた。

ノアとは勿論、ラクスとローウェンも初対面同士ではあるが、二人には平均以上のコミュニケーション能力があるのか、すぐに打ち解けていた。ノアだけがそんな二人の様子を面倒そうに見つめていて、ラクスはそんなノアを無理矢理会話に参加させようとする。


「で?ノアは何でこの仕事選んだんだ?」

「まあ…、何となく。一番考えなくて良さそうだったから」

「どちらかというと頭脳派って感じするけど、意外と脳筋なの、お前」

「はあ」


脳筋はお前だろ、という突っ込みはいれないでおく。たった一日の付き合い、仲良くも悪くもする必要はない。ただ仕事がこなせるだけのコミュニケーションが取れればいい。

その点、ラクスとローウェンはノアの性格を何となく察してくれて、当たらず障らずのちょうどいい距離を図ってくれた。ノアとしてもやりやすい相手と組めて安心する。ちらりと他の組に目をやれば、やたら距離感が近い筋肉だるま、おどおどとして未だ一言も喋っていないもやし男、これまで自分が修めてきた所業の数々を声高らかに自慢する男。どれもこの上なく面倒そうで胸やけがしてくる。本当にこの二人で良かったと感謝の意すら芽生えてきた。


「ラクス、ノア、野獣のランクはどこ狙いでいく?狙ったものに出会えるか分からないけれど、我武者羅に突っ込んで行っても大した金にはならないだろ?」


ローウェンが野獣のランクが書いてある紙を広げて問う。

野獣のランクは手強いものからS、A、B、Cの四ランクに分かれており、傭兵で雇われた男達の殆どはAまたはBランクに挑戦する。Cを狙う者は初心者か女性の傭兵達が多い。Sランクを狙う者はいなくもないが、過去に闘った者が命を落としたこともあるため、故意的にSランクを選ぶものは余程の自信家か、そもそもSランクの野獣自体を把握していない者くらいだ。

ノアはラクスとローウェンの実力の程は知らないが、武器や立ち振る舞い、言動から考えて、集まった傭兵達の中でも強い方に属するだろう。Aランクの野獣でも軽く倒せるかもしれない。

案の定、ラクスは意気込んでAランクを指さした。


「そりゃAランクだろ。一人一匹分の分け前は欲しいから三匹倒そうぜ!」

「賛成。でもAランクを三匹も倒したら三人じゃ持ち帰り切れないよ。小さめのを倒す?」

「そうだなぁ…、小さいのに会えればいいけどなぁ」


倒した野獣は基本現物ままか、良くて二分割くらいで持ち帰ってこなければならない。持ち帰った野獣が各ランクのものだと判断されれば、そこで換金できる仕組みだ。だがランクが上がれば上がる程、基本的には野獣は大きな体格のものが増え、倒せたとしても持ち帰ることが出来なくなるのだ。

じゃあ二匹くらいにして金は三人で割るかなどと、ラクスとローウェンの話が繰り広げられる中、ふと、またラクスの視線がノアに飛ぶ。


「お前は?何も言わねぇけどAランクでいいわけ?厳しかったらとりあえずBにしてもいいぞ?」

「いや、別に何でもいい。ただ、そうだな…、金は多い方がいいな」

「お、初めて意見言ったな!」


ノアにとっては独り言に近かったのだが、初めてノアの考えを聞けたラクスはやっぱそうだよな!と嬉しそうだった。


「じゃあAランクを二匹くらいで定めておく?Bランク以下の野獣は基本無視しよう」

「そうだな。量より質作戦だな!」


話をまとめようとした二人の間に、すっとノアの腕が入る。野獣のランクが書かれた紙の上を指が滑り、金色で『S』と書かれた野獣の上で止まった。






「こっちは?」


「「は?」」






平然として訊くノアに、ラクスとローウェンは声を揃えた。丸めた目がノアに突き刺さり、驚愕の表情を同時に滲ませた。こいつら本当に初対面だろうか。


「急に喋ったかと思えば何言ってんだ馬鹿!Sランクなんて死にてぇのか!」

「そうだよノア!君はまだ野獣討伐に慣れていないから分からないだろうけれど、こんな大物と闘うなんて死にに行くようなものだよ!」


慌てふためく二人に、ノアは変わらない体温の低い視線を浴びせ、ふぅん、と頷いた。そして、ラクスとローウェンの顔、それぞれの武器に順番に目線を這わせ、ぽつりと呟くのだ。




「お前ら二人とならいけそうだけどな」


「「………………!」」




二人の胸がトゥンク、と高鳴り、頬をポッと染めた。


「……?」


訝し気な顔をするノアに、ラクスとローウェンは頬を染めたままノアに詰め寄る。何やら二人の何かの琴線に触れてしまったらしい。


「おおおおお前ノア!ずるいぞお前…!」

「そそそっそうだよ!ずるいノア!」

「何が」

「そそそんな冷たそうな顔してそういうこと言うんじゃありません!惚れちゃうでしょうが!」

「ツンデレっていうんだよそういうの!ツンデレ!」

「大丈夫かお前ら」


ノアの冷めた目ですらドキマギしている二人は、深呼吸をして現実に戻ってくる。

ラクスは改めてSランクと書かれている野獣を見て眉を顰めた。人間も動物も野獣も見境なく食らい尽くすという、凶暴な野獣だ。成人男性の五倍はある大きな体格は、歩くだけで大地に亀裂を生まれさせるという。


「ノアの実力は知らんが、悪いことは言わねぇ、金が欲しくともSランクはやめとけ。命がいくつあっても足りねぇぞ。俺も傭兵の中じゃそんなに弱い方じゃねぇと思うが、それでもSランクの野獣は互角に闘うことがやっとなくらいだ」

「へえ」


ラクスは真剣に説得しているのに、ノアはどこ吹く風だ。聞いてはいるけれど、とても説得に応じる様子はなさそうだった。そんなノアの様子にラクスはローウェンに目配せするが、ローウェンもお手上げだとでも言うように肩を竦ませた。


「…お前がその気でも、悪いが俺らはSランクの野獣が出たら逃げるぜ。命は惜しいからな」

「ああそう」

「ノア、一人で闘う気?無謀にも程がある」


ローウェンも冷静にやめといたほうがいいと言うが、ノアは聞く耳を持たなかった。それどころか、足元に落ちていた紙の方が気になったようで、長い指で拾い上げてそれをまじまじと見つめた。ラクスとローウェンも何の紙だと覗き見て、その内容を目にした途端、顔色を変えてゲッと声を上げた。

そしてノアは、何食わぬ顔で言うのだ。





「俺、こっちにするわ」





SランクどころかSSランクの野獣が書かれてあった紙を掲げて。



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