気になる仕事
「『急募!即時働ける方!日払い!最初は簡単なお仕事から、先輩方が親切丁寧に教えます!アットホームな働きやすい職場です!』」
「おお…!」
ノアが仏頂面で表情に噛み合っていない台詞を言わされているのは、緋彩が字を読めないからだ。掲示板に貼ってある気になったチラシにあれ!これ!と指させばAIのようにノアが読んでくれる。ヘイnoa、次はあれを読んで、と調子に乗ったら殴られた。反抗的なAIだ。
二人がエーダに紹介してもらった職業安定所みたいなところを訪れたのは、何を隠そう宿泊代が足りないからだ。エーダは緋彩に話を聞いてもらって嬉しかったからお代は足りる分だけでいいと言ってくれたのだが、そういうわけにもいかない。エーダへの支払いもそうだが、これからの宿泊代だってないのだ。どちらにしろ資金調達をしなければこの先ずっと野宿である。
異世界版ハローワークの中は思いの外求人の数は多かった。中でも緋彩達が望んでいる日雇いの仕事は八割を占めている。貼り出されている案内の中から選び、受付に申請するという流れであるようで、まずは何の仕事をするか決めなければならない。
内容が読めない緋彩はチラシの雰囲気だけで良さそうなものを探していっていた。
「ノアさん、あれは?」
「『私たちと一緒に働いてみませんか?きっとあなたの財産になるはず!未経験でも大丈夫、丁寧な研修があります』…胡散臭…」
「うーん…あれもこれも良さそうに見えますねぇ…。甲乙つけがたい」
「まじで言ってんの、お前」
気になるもの全部が楽しそうで明るい職場で緋彩にも出来そうな気がするものばかりだった。アルバイトもしたことない緋彩が異世界で仕事なんて出来るのかなんて思っていたが、まさかこんなに簡単に就職できそうだなんて。
どこにしようかなんて真剣に考えている緋彩は、ノアから白けた視線が降ってきているのに全く気付いていない。
「こんなに条件が整っているものばかりあるんなら、出来るだけ稼げるところにした方がいいですよね…、あ、あれとかどうですか?数字が大きい!」
「……『女性の方限定、制服貸与。笑顔の素敵な方には昇給あり!』」
「昇給ありですって!これより高くなるってことですよね!」
数字だけは地球と共通なので、この求人が他より給料のいい仕事だと言うのは分かる。しかも制服もあるし、条件は女性と笑顔の素敵な方ということのみ。笑顔が素敵かどうかは置いておいて、笑うことは出来る。
チラシの雰囲気も花が舞って明るくて可愛らしいし、緋彩の目はもうそれに釘付けになっていた。
「……お前、そこにすんの?」
「はい!条件もいいし!あ、ノアさんより稼いじゃったらごめんなさい」
「………」
てへ、と舌を出す緋彩はほんの冗談のつもりだった。それなのに、それを目にしたノアの顔が黒い。ノアより稼ぐと言ったことが駄目だったのか、可愛い子ぶった表情が駄目だったのか。あ、これ駄目なやつだと悟った緋彩は即座に嘘ですごめんなさい、と頭を下げた。
だがノアは特に引きずる様子もなく、小さく溜息をつくと、緋彩が選んだチラシをまじまじと見つめた。目で文字を追うだけで声には出さないので、緋彩にはノアの表情があんまり乗り気ではない理由がよくは分からない。
「女性限定…ねぇ…。制服貸与に笑顔…」
何か含みを持たせるような呟きに、皆無だった緋彩の不安が一気に沸き起こる。
「な、なんですか?」
「いや?…お前がいいならいいけど」
「だから何がですか?」
「別に」
「?」
ノアはそれだけ言うと、自分の仕事を探すと言ってもっと給料のいい求人の方へ歩いて行った。やはり緋彩がノアより稼ぐと言ったこと、気にしていたのか。
緋彩はすたすたと歩いていくノアの背中を慌てて追いかけながら焦った。
「えっ、ノアさん!待ってください!一緒のところで働かないんですか!?」
「はあ?アホ言え。何で同じとこに行かなくちゃならねぇんだ」
「私が不安だから!」
「知るか」
初めての仕事、初めての場所、初めての人。希望に満ちた職場も不安なことがないわけではない。しかも字が読めない。変な契約とか持ち掛けられたらどうするんだ。
てっきりノアも一緒だと思い込んでいた緋彩は、まさかの事態に顔色を悪くした。
「えええっ!ノアさんんん!一緒に働きましょうよーー!!」
「断る!第一、お前が行くとこ女性限定だろうが」
「ノアさんなら女装すれば私より可愛くなれますって!」
「まじで何言ってんの、お前!?」
当然緋彩の要求など通るはずもなく、結局ノアは野獣討伐のアルバイトを選んでいた。