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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第五章 定まる的
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分かりづらいけれど

「あらあら……あらまぁ…」


山に入って六日目。やっと道が開け、人の痕跡が見え始めた。木が自然の姿ではなく、建物の材料として使われているのを久々に目にしたようで感動して、町の入り口付近にあった人の家に擦り寄ったらノアに蹴られた。


やっと、山を抜けたのだ。


空はすでに月と星が顔を出していて、町の店は殆ど閉まっている。どちらにしろ疲れ切った身体ではこれ以上動く気力もなく、山を抜けたその足ですぐに宿を取った。

迎え入れてくれた宿の女将は四十代前半の若めの女性で、ぼろ雑巾のような姿のノアと緋彩の様子を見て口をあんぐりと開けていた。


女将はエーダと名乗った。ふくよかな彼女は見た目も性格も柔らかそうで、世話好きだった。こんなに泥だらけの客など門前払いしたいのが普通の心情だろうに、エーダはそんな様子など微塵も見せず、それどころか二人の汚れた服を洗ってくれると言った。有難い申し出に緋彩は何度もお礼を言い、ノアも満更でもない様子で助かる、とぼーっとした表情で繰り返していた。体力的というよりは精神的に疲労していたらしい。

ちなみにエーダによって自動的に二人部屋を用意されたが、二人分の宿泊代は持ち合わせていない(ノアが)。そのことを正直に伝えると、彼女は明日にでも日雇いの仕事しておいでよ、と払える保証もないのに寛容な対応をしてくれたのだ。


案内された二階の部屋に付いた途端、緋彩は糸が切れたようにへなへなと床にしゃがみこんだ。気力だけで動かしていた脚はもう一歩も歩けず、入口のドアの前で突っ伏したまま動けなくなるほどだ。ノアは邪魔、と一言呟いて自分はさっさと荷物を置いて風呂に向かって行った。例によってノアの方が汚れていたし、どちらにしろ緋彩はしばらく動けそうにもなかったので別にいいが、もう少しなんかこう、労いの言葉とか行動とかはなかったのだろうか。

山の中では割と優しいと勘違いする対応も見せてくれていたのに。





「こらヒイロ、そこで寝るな」

「…っふぇ…?」


いつの間にか緋彩は、膝立ちから顔を床にくっつけた状態のまま寝てしまっていたようで、呼ばれてはっと目を覚ます。薄っすら目を開けた先にノアの顔が覗き込んでいた。


「ふぇ、ふぇい!」

「あ?」


水滴の滴る白銀の髪、濡れて艶めく肌、襟元から覗く首筋と鎖骨、透き通る瞳は水に浮かべているように瑞々しい。愛想のなさは相変わらずでも、どこからともなく放出される色気は寝起きには刺激が強すぎた。

飛び起きて後退りする緋彩に不審な表情を浮かべ、ノアは髪の毛を拭きながらソファに足を組んで座る。テーブルに置いてあった新聞を広げ、捲る度に肩甲骨が動いているのが服の上からでも分かった。急ごしらえで用意してもらった宿の服は生地が薄く、骨格や身体の線がありありと分かるものなのだ。それも相まって、男性特有の骨ばった身体がまたそれだけで無駄な色気を醸し出す。

本当にこの男は、口さえ開かなければ一級品だと改めて分からされる。


「変な目で見てねぇで早く風呂入れ。汚ねぇ」

「っ!さ、さっきまでノアさんの方が汚かったでしょうが!」

「過去のことは引きずらない主義だ。早く入れ。それ以上床が汚れると宿に迷惑だろ」

「ぐ……」


新聞に目を落としながら、緋彩に取り合わないノア。腹が立つほど綺麗な横顔に言葉を呑み、緋彩は足音を立てて八つ当たりしながら風呂場へ向かって行った。

脱衣所にはノアの汚れた服が置かれていた。後で緋彩のと纏めてエーダのところへ持っていくのだ(緋彩が)。何となく目に入ったそれを広げて見てみれば、当たり前だが緋彩の服より一回り大きい。上着なんか緋彩が着たら恐らく裾を引き摺るであろう大きさだ。そして、背中の部分は見事に泥に染まっていて、反対に前部分は殆ど汚れていなかった。一箇所、心霊現象のようについている胸の手の痕は緋彩のものだ。





「守って、くれたんだろうなぁ…」





足を滑らせて岩から落ちたあの時、思わずノアを引っ張ったのは緋彩だったけれど、咄嗟にその手を引いて地面との間に入ってきたのはノアの方からだ。岩の下は泥濘、ぶつかれば痛いでは済まない大きさの石だって転がっていた。そんなことをしたらどうなるかぐらい分かっていたはずなのに。緋彩は不死なのだからどこに何をぶつけようが、痛いで済まされると分かっていたはずなのに。


憎まれ口ばかり叩くからお礼も言いそびれてしまったと、緋彩は後悔と困惑の混じった溜息を小さくついた。







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