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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第四章 落ち着かない旅路
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火にくべたもの

橙色で大地を照らしていた光は完全に姿を隠し、空は深い紺色へと色を変えていった。太陽に代わり暗闇に光を与えるのは満月に近い月の役目だ。星々の輝きとて充分な明るさではあったが、今日は月の主張が随分と強い。それを見た獣が騒めくような強さだった。




「まじでここで寝るんですか?」

「オラ、飯だ」

「無視しないでくださいありがとうございます」


ノアは保存食を煮たスープを雑に緋彩に手渡すと、いただきます、と手を合わせてさっさと食べ始める。やはりノアは挨拶だとか感謝だとか、至極人間的な感情は失っていそうで失っていない。大半の人間が忘れているようなものこそちゃんとやるような気がする。

それを横目で見た緋彩は、自分も同じように手を合わせてスープに口を付ける。今夜は少し肌寒い気温だったので、湯気の立つ温かさが身体に染み渡るようだった。


「おいひい」

「当たり前だろ、俺が作ったんだから」

「傲慢。…ノアさんって何でも器用にしますよね。魔法以外は」

「一言多いな?スープ返せ」

「すみませんでした」


奪われないように、緋彩は身体を背けて急いでスープを啜る。

緋彩に施してくれた手当てもそうだが、ノアは平均して器用だ。救急道具は勿論地球の物とは違ったが、似たようなもので医者がする手際や仕上がりと遜色なかったし、簡単な調理だって慣れた手つきで黙々とこなしていた。何か手伝うと言った緋彩に、余計仕事が増えそうだと言って拒否した選択肢だって間違っていない。緋彩は料理で仕事を増やすタイプだ。ちなみに出来上がったものは普通に食べられるレベルにはなる。

旅に慣れているということもあるだろうが、ノアはもっとこう、理屈抜きで感覚的に何でもこなせてしまうタイプなんだろうなと思う。たまに出会うタイプだが、そういう人間はどういう風に育てられるとこんなハイスペックになるのかと緋彩は不思議でならない。




「ノアさん、喋りたくなかったら無視してください」

「あ?」




そういう可能性も考えて、緋彩はそう前置きした。

先ほどの二の舞にはなりたくない。




「ノアさんのご両親ってご健在なんですか?」


「────────…」




スープを掬っていたノアの手が一瞬止まる。それはすぐに再開するが、返事はなかった。

()()()()()()だと思って、緋彩はそれ以上は何も言わず、自分の食事も再開させた。









***









「ふぇっくしょい!」

「……………………」


「うぇっくしょん!」

「……………………」


「べくちょーん!!」

「っだあああ!うっせぇなぁ!!」



そんなこと言われても。これは生理現象だから仕方ない、と緋彩は鼻を啜りながらむくりと身を起こした。

夕食を終えるまでは火を起こしていたので、ある程度の暖はとれていたのだが、寝る時まで火をつけておくわけにもいかず、消した途端に急激に気温が下がた気がする。


「だって寒いんですもん!ノアさんの毛布貸してください!」

「俺に夜具なしで寝ろっていうのか!お前に分厚い方の毛布やっただろうが!」

「うぐ…」


確かにじゃんけんで勝ち取った毛布は緋彩の方がノアのものより二倍くらい分厚い。大きさは緋彩の方が小さいけれど、身体の大きさを考えたら適材かもしれない。

こればかりはノアが言うことが真っ当であり、緋彩は黙る他ない。寒さとくしゃみで鼻を赤くしながら、冷気に触れる場所を極力減らそうと、毛布を頭まで被って丸まった。


「ふ…えっくしょい!」


多少温かいが、毛布の毛羽立ちで鼻がこそばゆくてくしゃみが出た。どうしようもない。

様子を窺おうと目だけを毛布から出してノアの方を見ると、厳つい視線と目が合った。くしゃみ一つでそんなに怒らなくてもいいのに、ノアは短気極まりない。

だが、思い返せば緋彩のくしゃみは一発だけではなく、寝ようとしていたところにはさぞ煩かっただろう。夜にする喧嘩ほど煩いものはないし、ここは緋彩の方が大人になって謝ろうとすると、それよりも先にノアが身体を起こしだした。


「…ノアさん?」


首を傾げる緋彩の声掛けにも反応せず、黙々と手を動かすそれは、先ほどまで火を起こしていたところに再び火種を作ったのだ。

何をしようとしているのかと訊こうと思ったら、突然に顔面にケバケバした感触がぶち当たった。


「ぶはぅ!」

「勝手に使え。俺はもういらねぇ」


ぶっきらぼうに投げ寄こされたそれは、ノアが被っていた薄手の毛布だ。まだ、彼の体温が少しだけ残っている。


「い…らねぇ、って…、どうする気ですか?火つけたまま寝ると危ないですよ?」

「分かってるわ。俺は寝ないからいらないっつってんの。火の温かさで充分だ」

「え…、でも」


火種は火となり、炎となり、緋彩とノアの間を分断するくらいの大きさとなる。炎の先がしばしばお互いの顔を隠すくらいに。

炎越しに見るノアの顔は、それまで寝ようとしていたからか、少しぼんやりしている気もするが、そんな状態でも瞳の透明度は健在だった。炎を映して彩度が増したためか、いつもの色は違って見える。


「寝ないって…、いくらノアさんが体力オバケでも、全く疲れてないわけじゃないでしょ?寝ないと明日歩けませんよ?」

「お前と一緒にすんな。三徹くらいはどうってことねぇわ。いいからお前こそ早く寝ろ。うるせぇ」

「ええー…」


有無を言わさず睨んでくるノアに、緋彩は困惑を禁じ得なかった。緋彩の為かどうかは分からないけれど、火を起こしてくれたことも、毛布を貸してくれたことも、三徹とかしててその肌のコンディションってどういうことかということも。

何を言っても寝ろとしか言われず、火を起こしてくれたからせめて毛布は返すと言ったことも受け入れられず、緋彩は止む無く二枚の毛布を被って横になった。


目を瞑ると、気に留めていなかった音が敏感に耳に入ってくる。虫の鳴き声、風が草木を揺らして葉同士が当たる音、夜行性の動物の動く音、焚火から火の粉が爆ぜる音、自分が動く度に鳴る衣擦れの音。


静かな、ノアの呼吸。


最初からずっとそこにあったはずの音は音量も変わっていないはずなのに、意識すればするほど大きくなっていくようだった。

少しだけ瞼を持ち上げて見てみた彼は、宣言通り全く眠ってなどいなくて、片膝を立てたところに腕と頭を乗せて、揺れる炎をぼんやり見つめていた。眠そうという目とはまた違うそれは、燃ゆる炎の中に何かを放り投げた後のような、そんな目だった。







「────十年前、」







緋彩はもう眠っていると思われていると思っていた。

いや、思っているのかもしれない。


これは、ただの独り言で。









「両親は、俺に不老と不死を与えて死んだ」









重く、冷たい、


独り言だ。







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