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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第四章 落ち着かない旅路
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毒に侵される身と心

山道を歩いて、緋彩は改めて実感ことがある。


緋彩が負った怪我はノアに伝わるということだったが、小さな擦り傷や切り傷までは伝わらない。ノアに痛みが伝わるのは死に直結するような怪我だけだ。仮に小さな怪我でも伝わるとしても、ノアには緋彩の感じた五割程度の痛みで伝わるため、弱い痛みだと気付かないことになる。

何度も転んで膝は勿論、肘も手のひらも傷だらけになったが、ノアは一瞬たりともあの時のような苦しい顔を見せなかった。寧ろ何でそんなに転ぶんだという冷たい目線すら感じた気がする。手は差し伸べてくれなかったけれど、足を止めてくれただけでもよしとする。起き上がった時の軽蔑の目が痛かったけど。


それから、怪我同様、緋彩の身体は体力の回復も早かった。宣言通りあれから三十分きっちり歩かされ、この分ではもう休憩しても再出発出来る気がしないと思ったのだが、ものの数分で五割くらいの疲れが取れた。それを察したノアが、その後陽が沈むまで一切の休憩を入れてくれなかったことは言うまでもない。


そして最後に気が付いたのは、怪我の治癒も体力の回復も早いが、ノアに伝わらないくらいの軽い怪我の治癒は、通常の人間のスピードと変わらないということ。




「いっった!!痛いですノアさん!もっと優しく!」

「文句言うな。オラ、そっちの脚出せ!」

「いだだだだだっ!?人間の脚その方向に曲がんないですって!!」


ノアはうら若き乙女の脚を引っ掴み、乱暴に引っ張る。その膝に消毒液をぶっかけたガーゼを優しさの欠片もない力加減で押し当てるのだ。手のひら、腕、肘、背中と繰り返すこと数度。手当てする箇所が多すぎて段々とノアの苛立ちが募ってきていた。


「致死の怪我の痛みには耐える癖に、何でこのくらいの怪我に耐えられねぇんだよ」

「別に耐えてるわけじゃないですからね、あれ!普通に痛いんですからね!?」

「俺にも伝わるから分かってるっつってんだろ」


だったら耐えられるレベルの痛さではなく、痛みで意識が遠のくから痛いとも言えないと分かってほしいものである。擦り傷とか切り傷とか捻挫とか打撲とか、そういう地味な痛さの方が鮮明な意識には辛い。


「うう…。だから放っておいてもいいって言ってんじゃないですかぁ…。血が止まってしまえばそのうち瘡蓋出来て治りますってー」

「お前、山を舐めてんのか」

「…へ?」


玄人が何か言い出した。


「この辺の植物は毒を持っていることが多い。虫だってそうだ。そんな動植物に触れた傷を放っておいたらどうなると思う?」

「ど…どうなります…?」

「傷がある場所から徐々に毒の侵食が始まり、その部位は腐り落ちる」

「ひぃぃぃっ!」

「それでも毒は身体を蝕むことをやめようとはせず、無傷な四肢まで侵し、それはついに脳や心臓、身体の機能を司る神経を侵し…」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!文句言いませんから入念な消毒をお願いします!!」


怪談でも話しているような語り口でノアは緋彩を脅す。彼の思ったような反応が返ってきたのか、ノアは満足そうな表情を浮かべて乱暴ながらも丁寧な手当てを続けた。


「…と、まあ、大袈裟には言ったが、強ち冗談でもない」

「はい?」


先ほどよりも幾分も柔らかい手つきで、ノアは緋彩のずる剥けた膝にガーゼを当てる。手は止めずに、患部へ落とした視線のまま零す声は静かで落ち着いている。

伏せた目には長い睫毛が邪魔でその瞳の色は見えないけれど、陰が落ちているようにも思えた。


「毒は不死の身体も侵す。勿論、普通の人間なら数ミリ程度で致死量に至る猛毒を大量に摂取しようが死なないが、怪我に痛みがあるように、苦しみはある。死なないのに、毒が抜けるまでは死に向かうまでの苦しみを延々と受け続けるんだ」


緋彩は何も言わなかったが、すぐに分かった。経験したことがあるのだろうと。

しかも、自ら望んで。


「ある意味心臓を一突きされるよりきついぞ」

「絶対味わいたくないですね。是非猛烈に消毒してください」

「だったらじっとしてろ」

「承知」


ノアの手つきが乱暴でも優しくても、消毒液が染みる痛さは変わらない。そう思ったけれど、彼の手は、最初から傷口に触れる瞬間に優しくなるのだ。気付かない程度に、見えない程度に。



ふと、ノアの視線がすっと持ち上がる。

突然にかち合ってしまった視線は、きつく絡まったように逸らすことが出来ない。


そのまま音もなく近づいてきた紫紺の色と共に、冷たい指先が頬を掠めた。





「…なん…、」


「ここも、切ってんじゃねぇか」





ノアの指が通った後に、ピリリした痛みが走る。ノアが見ているのは最初からその傷口だったけれど、目力が強すぎて、眼球ごと吸い込まれるのではないかと思った。


「ノ、ア、さ……、…顔近い…」

「あ?当たり前だろ。顔の傷見てんだから」

「そうじゃ、なく、て、」

「いいからこっち向け」


顎をくいっと持たれて、左頬をノアの方に向けさせられる。目と頬の間に走った赤い筋に、身体の怪我よりも随分と弱い力で消毒液を塗られていく。その間緋彩は視線も表情も強張らせて、人形のように固まっていた。


「……?…何固まってんだ」

「お、お、お構いなく」

「?」


こいつは自分の顔面を鏡で見たことがないのかと思った。その強烈に刺激が強い顔を近づけられ、尚且つこの至近距離で、お手入れもままならない肌の顔を見られていては誰だって同じ反応になるだろう。

ノアは不思議な表情をしたまま緋彩の頬に絆創膏を貼り付け、その指をそのまま額に滑らすと、ピン、と弾いた。


「いて」

「終わりだ。他に怪我しているところはねぇな?」

「…は、はい……」


挙動がおかしい緋彩に首を傾げながらも、ノアは救急道具をさっさとしまっていった。







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