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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第四章 落ち着かない旅路
33/209

現実なんてそんなもん

「ヒイロ、水」

「はい」

「ヒイロ、上着」

「はい」

「ヒイロ、汗」

「はい」

「ヒイロ、伏せ」

「は───…何故?」


ほんの少し、距離が縮まったことは喜ぼう。

だが、その代償として確立したものは親密な仲ではなく上下関係だ。緋彩は召使いでもなければ犬でもない。距離が縮まろうと、ノアが緋彩をどう思っているかよく分かった。


「何で私がノアさんの召使いになってるんですか!そして荷物半分持ってくださいってば!」

「何度も言うが、その荷物の量は自己責任だろうが。余計なものを入れなければ俺の少ない荷物だけでよかったものを」

「どっちにしろノアさんの荷物は私が持つ前提なんですね」


横暴な主人にはいはい、と諦めた声を漏らし、緋彩は従順にノアの後をついていく。

宿を出た後、向かうのは隣町だった。何でも、ガンドラ教の本拠地がそこにあるそうで、先日の緋彩を攫った男達から聞き出した内容だという。ちなみに、緋彩が攫われた場所はカイが突き止めていた場所で、そこに怪しい連中が出入りしているとのことで、緋彩が攫われなくてもノアはあのドアをぶち破る予定だったらしい。

その本拠地にガンドラ教の教祖がいるかどうかは分からないが、そうでなくても何かしらアクア族の得難い情報があるとノアは踏んでいる。


「そういえば、カイさんはどうしたんですかね?ノアさん一緒にいたんじゃないんでしたっけ?」

「あ?あいつは放浪者の情報屋だから、多分もうこの町にはいないぞ」

「そうなんですか。てっきり隣町のガンドラ教のこともカイさんに依頼したのかと思ってたんですけど」

「あいつは腕は優秀だが、異常に高くつく。この前なんてあの店の酒代まで奢らされたんだぞ」

「おぅ…」


綺麗な顔をしていながら容赦がない。ノアだったら奢ってやるわけねぇだろと力でねじ伏せていそうだが、それも敵わぬ相手だということだろう。怒りがまんま表情に出るノアなんかより、笑顔の裏で何考えているか分からないカイの方が余程怖い気もしてきた。

せめて挨拶だけでもしたかったと残念がる緋彩だったが、ノアによると、歩いていればまたどこかで見ることができるだろうとのことだった。珍しい植物じゃないんだから。


隣町までは少し距離がある。位置的にはそこまで離れているわけではないのだが、道が整備されておらず、山の中を通らなければならないのだ。

緋彩はそれを聞いた時、耳を疑った。然程体力があるわけでもないのに、加えてこの荷物を抱えて山越えをしなければならないのかと。キッカの町を背中にして、人とすれ違うことが少なくなってくる度絶望が大きくなっていく。

さらに酷いことには、ノアに当然の如く言われた一言だ。




「え?野宿?」


緋彩は滲んだ汗をたらりと流し、さっと顔色を悪くした。


「…?」

「いや、何がおかしいんだ?みたいな顔しないでくださいよ」

「野宿の他に何がある」

「いや、あるでしょうよ!昨日だって宿取ったじゃないですか!」

「山の中に宿があると思うのか」

「………………」


それはそうだ。登山の為の山じゃあるまいし、道すら整備されていないのに山小屋なんてものがあるわけがない。絶望は無限大に膨れ上がる。


「そんな……野宿……キャンプすらしたことないのに…」

「大体、仮に宿があったところで、泊まることはできねぇぞ」

「え…?何で」

「……何で、だと?」


しまった、何かがノアの琴線に触れた。低くなったノアの声に緋彩はさらに顔を青くする。思い当たる節がないようなものすごく多すぎるような。




「金がねぇからに決まってんだろうが!」




現実は世知辛い。

ぐわ、と瞳孔を開いたノアの目が本気すぎて、緋彩は怖いのか悲しいのか分からなくなった。


「え…えぇ?ノアさん、ちゃんとお金の管理してたんですか!?ご利用は計画的に!」

「ああ!?てめぇがそれを言うか!?誰の所為でこうなったと思ってる!」

「……へ?」


見開いた目は真っ直ぐに緋彩を見ているので、恐らく緋彩の所為だということだろう。立てた人差し指を恐る恐る自分に向けると、ノアは深くコクリと頷いた。やっぱり。


「てめぇが寝込むから余計な宿泊代が嵩張ったんだろうが」

「ひぃ…!すすすみませ…!」


言われてみればあの時緋彩はベッドに寝ていた。特別寝心地のいいベッドではなかったけれど、それでも布団の中で寝ていたのだ。思い返してみれば、はっきりとしない意識の中で見たのは、ノアがソファで寝ている姿。

そうか、あの宿は緋彩の為に取ってくれたのだ。


「ノ、ノアさんにも良心というものが存在していたんですね…!」

「あああん!?」

「いだだだだだだ!陥没する!頭蓋骨陥没する!!」


ノアの手が鷲掴みしている緋彩の頭がメリメリと音を立てている。ドアを素手でぶち破った手だ。本当に頭蓋骨を粉砕しかねない。

だが、金がないというリアルな問題は抜きにしても、慣れない環境と疲れた身体に野宿なんて、本当に大丈夫だろうか。これで体調でも崩してみろ。ノアの手は脳みそまで握りつぶすだろう。








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