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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第三章 暗躍する不老不死
31/209

屁理屈とか、大義名分とか

長く、幸せな夢を見た。


とても華やかで、幻想的な夢だった。


異世界に飛ばされてしまった緋彩は、優しく紳士的な王子様に出会って、将来結婚までしちゃうという、甘く輝かしい夢だ。









「ったくこのボケが!!」

「ひいっ!」


夢だったけれど。


「何でお前はそう、何度も何度も死ぬような状況にさらされるんだよ!今までよく生きてきたな!」

「それは、あの…、ありがとうございます」

「褒めてねぇわ!」


現実の緋彩は、宿の一室で激辛の厳しい説教に立ち向かっている。

傷が治り、失った血液が戻るまでに、緋彩は丸一日を費やした。やはり短時間の間に何度も同じところを傷つけられたことが災いしたようで、今回は回復までに時間がかかったようだ。

といっても、心臓を抉られるような傷を一日ぽっきりでなかったことのように出来るのだから、それはそれで異常は異常である。

目が覚めてからも多少身体は重かったが、ご飯を食べたらすっかりよくなった。単純な身体に感謝。

だが直後にぶち当てられたノアの雷は、病み上がりにも容赦はない。食事を終えるまで無言で待っていたことだけで奇跡だった。


「だから気を付けろって言っただろうが!てめぇは狙われるとも忠告したぞ!」

「で、でもそんなこと言われても…っ、だったらノアさんも私が何もできないことくらい分かってるんですから、もうちょっと気を付けて見てくれていれば良かったじゃないですかー!」

「人の所為にすんじゃねぇ!」


ノアの言っていることも理不尽ではあるが、それに盾突く緋彩も緋彩だ。両者の上下関係は目に見えて分かるのに、何故か時々逆転したり並んだりするので話に収拾がつかない。


「お前の所為で俺の仕事が増えただろうが」

「助けにきてくれたことは感謝してますけど!そんなに嫌だったら放っておけば良かったでしょう!?」

「放っておけるわけねぇだろうが!!」

「!」


売り言葉に買い言葉を繰り返していたのに、そこで初めて緋彩は言葉を詰まらせた。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだ。

今、何と言ったか。


放っておけるわけがない?


それは、つい目で追ってしまうような、気がある相手に言う言葉ではないのだろうか。どんな馬鹿なことをやってしまってもつい手助けしてしまう、心配で放っておけないという、そんな意味。少なくともそう思っていた緋彩は、冗談を言っているようには見えないノアの顔を見たまま固まって動揺してしまう。


「え…、え?…いや、その、なん…え?」


喜べばいいのか驚けばいいのか怒ればいいのか、感情が行方不明で、視線が定まらない。右へ左へと目は泳ぎ、理由の分からない冷や汗が背中を流れる。

沈黙が流れ、この状況をどう打破しようかと思っていると、それを切ったのはノアの方だった。



「おい」

「…は、はい?」



この人は今自分が言った恥ずかしい台詞に気が付いていないのだろうか。もしかして天然のタラシなのか。それはそれで質が悪すぎる。


「勘違いするんじゃねぇぞ」

「はい?」


だが、目の前の顔は恥ずかしがるどころか不快に歪められている。

緋彩の考えていることが、冗談でも有り得ないとその表情が物語っていた。




「お前が死ぬような怪我を負うと、俺に影響するから放っておけねぇんだよ」

「…………は?」




何のことだ。


「お前の不死は元々俺のだ。不老不死のうち半身を分け与えたようなものなんだから、お前が死につながるような怪我を負うと、俺の身体もその五割くらいの痛みが来る。お前の怪我は俺の苦しみだと思え!」

「はあああああっ!?」


聞いてない。

そんな重要なこと、一ミリたりとも聞いてなかった。緋彩の怪我はノアに伝わる?もしかして今までもそうだったというのか。これまで四回ぐらい死んでしまったけど、その間この男は苦しみに平然な顔をしていたというのか。


「そん…っなの!最初から言っといてくださいよ!」

「言ったところでどうにもならなかっただろうが」

「ならな…かったかもしれないけど!知っていたらもっとこう、気を付けたかもしれな……あっ!もしかして気を付けろって言ったのそういうことだったんですか!?」

「他に何がある」

「……っ!」


この野郎。さも当然のような顔で言ってのける。

そうだ、緋彩が甘かったのだ。この冷血人間が人の心配などするわけがない。緋彩がどこでどんな目に遭っていようと、自分の及ばぬところで何が起こってようが関係ないと知らぬ顔をするのが平常運転なのだ。

理不尽な怒りをぶつけられても、説教されても、助けに来てくれたことだけはこの人にも仏心があったのだと見直したところだったのに。

全部自分の為だったなんて。


「こ…の、自己中イケメンめ!!」

「ああん!?」


腹が立って泣けてくる。

緋彩は貶してんだか褒めてんだか分からない捨て台詞を吐いて、正座させられていた床から立ち上がる。痺れていたけれどみっともないから我慢だ。

と、痺れの所為ではない足のふらつきで緋彩の身体はバランスを崩した。




「…っ、」




ビリビリと電気が走る脚に意識をやりすぎたのか、まだ貧血気味だったことをすっかり忘れていたのだ。こんなに急激に血圧を上げれば脳もオーバーヒートするだろう。

ぐにゃりと歪んだ視界で足元が定まらず、バランスを取り戻すことが出来ない。

これでは顔面を床にぶつけてしまうと思ったその時、倒れる方向とは反対の力で腕を引っ張られた。




「……?」




冷たくて、けれど優しい体温。

その先を辿っていくと、あの時と同じ、怒りとは違う険しさに歪められた表情。




「急に動くな」

「…私の勝手でしょう」

「どこに行くつもりだ。まだ話は終わっていない」

「……もう少し寝かせてください」




そう言うと、ノアは腕を掴む力を緩めてはくれたが、離してはくれなかった。説教が終わるまで逃してくれない気なのか。

それならばと、緋彩は目も合わせぬまま、愚痴のように零す。


「……知らなかったこととは言え、苦しめていたことはごめんなさい。でも、出来れば教えておいてほしかったです」

「教えたら、お前は何か違っていたのか」

「分かりません。…でも、ノアさんだけ私のこと分かるって不公平じゃないですか」

「はあ?何言ってんだお前」


ノアは、本当に意味が分からないと眉根を寄せる。別に分からないていい。これは緋彩のエゴだ。


「ノアさんは私が痛い時、目の前に私がいなくても分かるんですよね?…なのに、私は分からない。ノアさんが怪我しても、痛くても苦しくても、私だけ知らないって不公平です」

「んなもん、平等にする必要ねぇだろ。大体、人の痛み想像して吐く奴にそんな邪魔になるような情報、軽々しく与えるかよ」

「……この分からず屋」

「あ!?何か言ったか!?」

「別にぃぃ?」


エゴだけれど、少しくらいは分かってくれるとそれはそれで嬉しいとは思う。

誰も知らないところで、誰もいないところで、一人苦しんでいないで、少しでいいから心許してくれたらいいななんて思うのだ。


「なんにせよ、私とノアさんはニコイチってことですから、今後は隠し事ナシですよ!」

「は!?気持ち悪いこと言うな!」

「気持ち悪くて結構!死なない少女なんてそれだけで気持ち悪いですから、もう手遅れなんですー」

「屁理屈痴女が!」

「何とでもー」


ノアが緋彩に人としての好意を持っていないことなんて最初から分かっていたことだ。だからもう何を言われても平気だ。腹は立つけれど、それ以上のことはない。これ以上落ちないくらいまでノアへの好感度は下がっているのだから。


もう何も期待しないし、望まない。


けれど、それでも緋彩は、彼が本当に非人道的だとは思えないのだ。





「あ、それから謝ることがもう一つ」

「あん?」





彼の行動が、保身しか感じないとは思わない。








「せっかく選んでくれた服、駄目にしちゃってごめんなさい」


「────────……」








だって彼は、怒りながらも、文句を言いながらも、自分の為だと大義名分を宣いながらも、ボロボロの姿の緋彩に上着を被せてくれ、放っておいても死にはしないのに止血してくれ、その辺に投げ捨てておけばそのうち回復するのに、ちゃんとこうして宿のベッドに運んでくれたのだから。






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