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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第三章 暗躍する不老不死
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イレギュラー

絶対ですからねぇぇ!と叫びながら走っていった緋彩を見送り、ノアは力が抜けたように浮かしていた腰を再び椅子に落ち着けた。何であいつはこう、いつもいつもタイミングが悪いんだ、と眉根を寄せる。


「ご機嫌ななめね?」

「…当たり前だろ。足手纏いが嬉しい奴なんているか」

「それにしてはちゃんと待っておくのね?」

「………」


ぶす、と不貞腐れたような顔をして、ノアは氷だけになったグラスを意味もなく揺らす。それを面白いように見つめてくるカイの視線が非常に不愉快だと思うのは、彼が何を考えているか分かるからだ。


「不思議な子ね、ヒイロ」

「不思議というか変だろ、あいつは」

「ペットって言われて喜んでたもんね。調子、崩されるわね?」

「…うるせぇ」


カイはどこまでも楽しそうにノアを揶揄うように笑って見ている。揶揄うというよりは、愛おしさ余ってと言ったところか。珍しいものでも見るような目で、ノアの反応を楽しむように。

カイの方のグラスも空になっており、うろついていた店員のおかわりの伺いに、カイは同じものをロックで、と無駄に妖艶に言う。魅惑的な声を耳元で聞いてしまった店員は、ひっくり返った返事をしてカウンタの奥へ急いだ。


「それにしてもノアが誰かと一緒に行動してるなんて珍しいわね?どういう風の吹き回し?」

「別に」

「理由もなく面倒な足手纏いは引き連れないでしょ。白状なさい」

「お前には関係ない」


意地なのか、意図してのことなのかは分からないが、喋ろうとしないノアに、カイの眉がピクリと動く。そして、へぇ、と意味ありげに頷いた後、美しい笑みを満面にさせるのだ。




「教えないならいいわよ?自分で調べるから」

「…っ!?」




それはもう、ノアの仏頂面が引き攣るほど。

優秀な情報屋を敵に回すほど怖いものはない。

それでもノアは暫く渋っていたが、カイにあれこれと詮索されることは避けたいと、重い口を開いた。


「俺の不老不死のうち不死が、今あいつにある」

「…えっ」


カイは大きな目を丸くさせた。その反応は尤もだ。魔法が得意ではないノアが意図的に不死を誰かに渡すことなんて恐らく出来ないし、出来たところで多分ノアはそんなことしない。どんな理由があろうが、不老不死を他の誰かに渡すことなんてありえないとカイは思い込んでいたのだから。


「え、待って。どういうこと?何かあったの?」

「話せば長くなる。簡単に言うと事故だ事故。好きであんな面倒な奴を連れて回ってるんじゃない」

「それがヒイロと一緒にいる理由?ノアにしてはやっぱり変ね。いつものあんたならそれでも放っておくでしょう?」

「わざとではないとは言え、俺のミスであることには変わりない。不死なんて、ろくなもんじゃねぇだろ」


すっと目元に陰を落とすノアに、カイはそれ以上何も言えなかった。本人にしか分からないこと、本人だけのものである感情は、いくら腕のいい情報屋が調べようが分かりっこないのだ。

ちょうど頼んでいた酒が届き、カイは気を取り直すようにグラスに口を付けて短い息をついた。


「…忘れてたわ。ノアって意外と律儀な人間だったわね」

「少なくともお前よりはな」

「あら、失礼ね。私だって報酬に応じた働きはするわよ」

「金に対して律儀なだけだろお前は」

「そうとも言う」


カイは親指と人差し指で輪を作ってペロリと舌を出す。確かに彼は信用のおける情報屋で、その働きも期待以上のものを持って来てくれる。だが、とにかく金にがめつい。相手が金持ちだと分かれば尻の毛までむしり取られるのだ。

よくもまあ阿漕な商売をこれだけ長くやってるな、とノアは呆れた溜息を漏らすのと共に感心すら覚えた。


「まあ実際、お前には助かってる。今回の依頼もそうだが、不老不死なんてもん、俺は早く手放したいからな」

「不死はもう手放してるんでしょ?」

「……」


本意ではなくともノアの願いは半分叶っている。カイはそう思ったのだろう。だがノアの表情は浮かない。カイの名前が静かに呼ばれ、それは何か逡巡中の声色だった。何、と何でもないようなカイの返事は、彼に聞こえていたかどうかは分からない。


「お前、自分が不死になったらどうする?」

「ええ?」


唐突な質問にカイは首を捻るが、思いの外の声が真剣なので茶化すことも出来ない。


「どうって…、そりゃあまぁ、一回本当かどうか死んでみるかな」

「それで?」

「それで、死ななかったらラッキー!と思って暫く不死ライフを満喫するわね」


だって、何をしても死なないのだ。死ぬかもしれない挑戦も平気で出来るし、誰かの代わりに死んでやることも出来るかもしれない。誰かを庇って、英雄になって、誰にでも平等に訪れるはずの死からの恐怖に震えることもなく、永遠の日々を過ごす。






「……普通、そうなるよなぁ」






零れたようなノアの台詞は、呟きにも似ている。


「何、どうしたの」

「…不老不死なんてろくなもんじゃないって思うのは、実際は不老不死になって、それを実感しなければ身につまされることはない。普通お前みたいに呑気な事思うもんだ」

「え、私ディスられてる?」

「違ぇよ。お前が普通だっつってんの」

「…普通じゃない何かがあったの?」


普通だとか普通じゃないとか、では何が普通なのかと、何かと比べれば堂々巡りになるのだが、ノアの中で普通だと思っているいつものものではなかった何かがあったのだ。

死なないという、恐怖から逃れられる安心感を安心だと捉えなかった人間が。








「あいつは、不死だと聞いて一ミリも喜ばなかった」








永遠の命がどれほど恐ろしいものか、途方もない時間が尽きることがないことがどれほど絶望的か、本能的と言えるレベルで分かっていた。




「俺は、不老不死をこの身体に受けたから、そんなものに魅力などないと分かっている。自分はあの時から進まない時間を過ごしているというのに、周りは確実に時を刻んでいる恐怖は不老不死になって初めて知ったんだ」

「……ノア」




自然の流れも、人の人生も、時代の移り変わりも、変化していくものを自分だけが止まった時間の中で見ていかなければならない。

いつかきっと一人になると、どこかで実感する。

時の流れに身を任せている人間には気付かないであろうその恐怖を、緋彩は確実に見抜いていた。






「良くも悪くも、あいつは変な奴だ」






無意識に零れてしまった独り言は、ノアにしては珍しい。興味なのか責任なのか、中途半端な視線を宙に微睡ませているのも。

長い付き合いを持つカイとしてもそんなノアは見たことがなく、戸惑いすら生じていた。だが同時にここにきてまたノアへの興味を大きくさせていた。


「ノアは本当に、ヒイロのことを足手纏いと思ってるの?」

「思ってる」

「即答」


揺るぎない返事は本心だろう。だが、ノアは言葉を続ける。


「だが、同時に責任…みたいなものも感じている」

「自分の所為で不死を渡しちゃったから?」

「というか、目が離せないというか」


空虚を見つめたままのノアの視線は、何も考えていないわけでもなく、かといって思い詰めているわけでもなく、やはり中途半端で、だがそれが素直な感情だった。






「他人の痛みを想像して吐いてしまうような奴に、不死なんて荷が重すぎるだろ」






何度、人の痛みを目にしなければならないと思っている。








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