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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第三章 暗躍する不老不死
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フェロモンが充満する店

右を見るとボンキュッボンの露出の高い女性、左を見ると髭をワイルドに蓄えた長身の男性、揺らめく明かりの所為か、誰も彼もどこもここもムーディーな空気を醸し出していた。

酒屋なのだから当たり前だが、大人な魅力が充満していて、緋彩はそれだけで酔いそうになった。


「……あ…あの…、それで、ここが敵陣ですか?ガンドラ教の本拠地ですか?」

「何故そうなる」

「っびえっ、冷た!……お酒?」


キョロキョロと挙動不審に落ち着かない緋彩の頬に冷えたグラスが押し付けられる。中身は琥珀色の色がついていて、カランと氷が揺れる度に漂う香りは少し甘い。

中に入るなり、ノアは緋彩にここに座ってろと言い残したままどこかに行った。戻ってきたノアの手には二つのグラスが握られていて、そのうち色の薄い方のグラスを緋彩に差し出したのだ。


「酒じゃない。ただの水だが、酒に見えるように細工してもらった。ここでは酒を飲まない奴は不審だからな」

「あ、ありがとうございます…」

「さっき吐いたばかりのやつに酒なんか渡すかボケが」

「あ、ありがとうございます…?」


確かに周りは座っていても立っていても片手にはグラスを持っていて、頬は染まりほろ酔い気分の人間ばかりだ。中には潰れている者もいるが、迷惑な酔い方をしている者はいなかった。その代わりに、年齢層が高めなのも相まって、フェロモンが垂れ流しな人が多い。

フェロモン過多と言えば緋彩の目の前の男もそうだ。窓がないからか、中は少し熱気が籠っていて室温が高い。ノアからは、その熱を逃がすように襟元を緩めたところから意味の分からない色気が漂ってきているのだ。これだからイケメンは。


「…でも何でこんなところに?飲みたい気分だったんですか?」

「待ち合わせ」

「え!?誰かとデートですか!?私いても大丈夫です!?」

「お前もう黙ってろ」

「承知」


これ以上は殴られる。緋彩は段々とノアの怒りの沸点が分かってきた。





「ノア」


程なくして、入口の方からノアの名前を呼ぶ声が聞こえた。見れば柔和な笑みで手を振る人がこちらに向かって歩いてきている。長身で細身、肩に付くくらいのベージュの髪、前髪をポンパドールにしてより際立つ垂れた目が印象的だ。何というか、美形、というのが一番似合うような人だ。


「カイ、遅いぞ」

「ごめーん。ちょっと寝坊した」


カイと呼ばれたその人は、ノアの横に腰掛け、近くにいた店員に酒を注文する。ノアに会えたことが余程嬉しいのか、綺麗に色付いた唇を緩やかに弧を描かせ、ウキウキワクワクといった様子を如実に表情に出していてた。

ふと、やっと緋彩の存在に気が付いたのか、カイは緋彩の顔を見てきょとんとする。


「ん?この子は?」

「気にするな。ただの荷物だ」

「荷物」


ノアの中で生き物の認識でもなくなってしまったようなので、緋彩は自分で自己紹介をした。名前以外に何を言っていいか分からなかったし、異世界から来ましたなんてプロフィール、頭のおかしい人だと思われるに決まっているので、とりあえず名前を二回言ったら、カイは美しさが崩れない表情で笑ってくれた。ノアから不死をもらいましたとも言いかけて、横から殺気を感じたので踏み留まる。危なかった。紫紺の瞳で射殺されそうだった。


「ヒイロ、私はカイ=ベルメット。宜しくね」

「カイ=ヘルメットさん。こ、こちらこそ宜しくお願いします」

「ベルメットね。カイでいいわ」


緋彩の失礼な間違いにも可愛い、と笑ってくれる。こんな美しく性格も良さそうな人がノアの知り合いだなんて何かの間違いではないだろうか。ここに来たのが本当にデートの待ち合わせで、カイがノアの恋人だなんて言われたら、緋彩はきっとカイを全力で止めるだろう。あなたは絶対に顔に騙されていると。

確かに二人並べばこれ以上なく画になっていて、見た目だけは二百点だと認めざるを得ないが。


「カイさん、お綺麗ですね…!何か美容医療していますか…!」

「あら、ヒイロったらお上手!特に何もしていないわよ。軽く運動くらいはするけど」

「成程。身体のライン綺麗ですもんね!こうキュッと締まっていて!」

「ありがと。でももう少し筋肉つけたいんだけどねぇ」

「あ、私もです!筋肉なくって身体ぷにんぷにんなんですよぉ」

「女の子はそれはそれで可愛いと思うけどね。ね、ノア」


緋彩とカイの女子トークを呆れた目で見守っていたノアに、カイがウインクを飛ばす。きっぱり『知らん』とぶった切られたが。

見れば見るほど、話せば話すほどカイは女の魅力の塊だった。物腰柔らかで、一つ一つの仕草に色気がある。頭の先からつま先まで磨かれたフェロモンがもんわりと漂ってくるのだ。それでいて下品ではない。こんな女性、こんな酒の場にいたらナンパの対象になるんだろうなと思ったが、意外にも誰も話しかけてこなかった。


「う、運動はどんな事されてるんですか!」

「そうねぇ。少々アクロバット系なこと、かな」

「アクロバット…!かっこいい!お風呂は何時間入りますか!」

「うーん…一時間の時もあるし、五分のときもあるわね」


緋彩のカイへの興味が止まらない。その度ノアの瞼が下がってきて眠ってしまいそうだ。


「服とかはどこで買ってますか!」

「近くのお店よぉ。自分で作ることもあるかしら」

「自作…!女子力高い!お肌つるピカですけど、お手入れ方法は!?」

「えー?特に何もやってないわよ?」

「そうなんですか!やはり元が綺麗な人は何もしなくても美しいんですね!」

「ヒイロだってプリプリの肌じゃない。若いっていいわぁ。あ、一つやっているとしたら毎朝の髭剃りくらいね」

「成程。髭剃り。それは大変そうです…………大変そう…大変そう、です、ね……?」


メモを取っていた緋彩の手ははた、と止まった。

ん?とカイの顔をもう一度まじまじと見る。細い輪郭、滑らかな肌、艶めく唇、引き締まった身体。頭から徐々に下に目線を下ろしていくと、カイはそんなに見ないで!と照れる。自分の両腕を抱くような可愛らしい仕草は、緋彩の目線をよりそこに促した。

引き締まった身体はいくらなんでも引き締まりすぎている。あるはずのものまで引き締められているのだ。


ない。胸が。


いや、個人差はある。緋彩だって自慢できるほどのものは持ち合わせていない。だが、一応ある程度の年齢を超えた女性だと分かるくらいではある。下着だって一応つけている。そのくらいにはある。

だが、カイは、これだけの美しさと完璧なまでの女性らしさ、上品な色気を纏わせているのにも関わらず、多分緋彩よりないのだ。胸が。小ぶりだとかいうレベルでもない。寧ろ胸板と言った方がいいくらい、平らなのだ。

緋彩はカイの顔と胸を交互に見ながら、え?え?と目を瞬かせていた。なんて失礼な行動だろう。だがそんな緋彩にも、カイはニコニコと笑みを絶やさない。緋彩のその反応が楽しいとでも言うようだった。




「言っておくが」




面倒なので会話に入ろうとしなかったノアだったが、見かねてそう口を出した。












「そいつ、男だぞ」












緋彩が口をあんぐり開けている中、ノアもカイも慣れているやり取りかのように冷静だった。






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