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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第三章 暗躍する不老不死
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目に見えぬ犠牲

ノアは足を進めながら、そういえば緋彩の嘔吐で途中になっていた話の続きをしてくれた。

見る角度によっては血の色に見えるあの薬は、ある場所て売られているものらしい。そしてそのいい気持ちにはなれない色をしているのも、それもそのはずだった。



それは、人の血から生成された薬なのだから。



せっかく食べたドリアが出てきそうになるのを我慢して聞いた話によると、エリクスと呼ばれるその薬は、様々な人間の血を使って作られている。それぞれの特性、血液型、遺伝子、成分、かなりの種類の血液を使い、それら全てに合った薬品を組み込むことで完成されたものだ。存在するほぼ全ての病気や怪我を網羅したと言っていい立証もされている。


「一見、聞いただけではそんなにやばそうな薬ではなさそうですが…。薬を作るにはその病気などのサンプルは必要でしょうし、病気や怪我をされた方は気の毒ですが、そこから未来の薬ができていくというのは、私の世界では特別珍しいことではないですよ」

「それはその薬が()()()()作り方だったら何も言わねぇよ」

「え?」


気の所為だろうか。ノアの目元に陰が落ちる。単に太陽が雲に隠されただけなのかもしれない。


「病気や怪我を負った人間の血を()()()()()使うんだったら、俺もそれは医術の発展の為に仕方のないことだと思ってる」

「あの薬はそうではないということですか?」


ノアは緋彩の問いに答えも頷きもしないが、多分これは肯定の意だ。そして、緋彩に向けるものとは違う険しい視線は、低く温度で沸騰しているようだった。これは怒り、否、不快の感情だ。








「あの薬を作るために、数えきれない人間が殺されている」


「────…!」








ノアは他人がどうなろうがどうでもいいのだろうと思っていた。誰がどこで死のうが生きようが自分には関係なく、自分に害がなければどうとでも、と思っているのだと。それは多分半分はそうなのだろう。他人の生死など自分には関係ないと思っているのは合っている。自分に害がなければどうでもいいとも思ってる。

けれど、何とも思っていないわけではない。

薬に向ける目、今その実態を語る表情、その時は彼を取り巻く空気が不機嫌ではなく、嫌悪感になるのだ。

常にノアの機嫌を窺っている緋彩だからこそ、それは顕著な違いとして分かるのだ。


「殺されて…?」

「考えてもみろ。怪我はともかく、病気にかかった人間の血も様々な種類を採取しているんだぞ?風邪なんかよくあるものだけではない。珍しい病気や遺伝性疾患まで、そんなに都合よく採取できると思うか?」

「思いません…」

「この薬は、健康的な人間をわざと病気にし、その血を採取して作っている」

「!」


例えば感染症なら、感染源となった人間の血だけでは足りない。だから健康体の人間までもわざと感染させ、薬を作る材料となる。それは軽い病気だけではない。薬の材料となった人間がそのまま死に至ることだって少なくないのだ。誰かを救うために、誰かが犠牲となっている。


「でも、そんな犠牲に誰がなると言うんですか。進んで苦しもうとする人なんてそうそういないはずです」

「そりゃそうさ。誰も犠牲になろうとは思っていない。…思っていなくても、その道しか残されていないことだってあるだろ」

「……っ」


比較的平和な日本という国で育ってきた緋彩には、その存在はそれこそ異世界の話。言葉の意味も、地球のどこかで存在しているということも頭では分かっているけれど、実感することなんてない。


奴隷という存在を。


一概に奴隷とはされていないのかもしれない。周りと殆ど変わらない生活を送り、変わらない顔で、変わらない姿で毎日を暮らしているのかもしれない。

けれど変わらないと思っているのは見てくれだけで、そこには確かに何かの差が生じている。貧富の差、身分の差、環境の差。誰もがその差を埋めようと努力しているから、傍からは皆同じように生きていると思うのだ。笑っている奴が必ずしも幸せだとは限らない。苦しんでる奴が必ずしも不幸だとは限らない。

人はきっとどこかにある基準を求めて生きている。


必死に背伸びして、それが当たり前になって、いずれ感覚は麻痺して、命をも削ったとしても。




「それで、ノアさんはその人たちを救うために薬の作成者を探してとっちめようとしているわけですね」


ノアは思ったよりも人間的だ。思ったよりも非道ではない。この誰もが許せない所業に、きっとノアも業を煮やしているのだ。

なんだ、鬼じゃない部分あるじゃないかと緋彩はほっと一息ついたのに、その安心はすぐさま不服げな声で取り去らわれた。


「あ?」

「え?」


前を向いたままだった顔が振り返り、全力で否定していた。


「何で俺がそんなことしなきゃなんねぇんだ」

「違うんですか?」

「アホか。俺には関係ない。自警団の仕事だろ」

「じゃあ何で薬を持っていたんですか?それにこんな話…」

「さっき話しただろ、ガンドラ教のこと。この薬にことにせよ、人を使って何かをしようとしているそういう奴らの怪しい動きっていうのは、殆どの場合が同じ目的だ」


ノアは言いながら建物と建物の間に出来た僅かな道、人一人がやっと通れるくらいの隙間と言ってもいい暗がりに足を踏み入れていく。光が届かないそこは当然不気味な雰囲気を漂わせているのだが、ノアは一切の躊躇いもなくずんずんと進んでいくので、緋彩も尻込みしている時間はなかった。


「同じ目的って…うわ鼠!、何、ですか?」

「万能薬、人体実験、怪しい研究。それらから導き出せるものなんて一つしかない」


蜘蛛の巣や鼠の住処を通り抜けると、突き当りに一つの扉が現れる。木製の古びた扉だ。窓からは光が漏れていて、中には人の気配もする。周りをよく見てみれば、扉の上に何かが書かれた看板があった。緋彩に文字は読めないけれど、その横に描かれた絵が何かは分かった。カクテルグラスだ。雰囲気からしても、多分ここは酒屋だ。

ノアはそのドアノブに手を掛け、奥に押した。淡い光が隙間から差し込んでくる。





「ガンドラ教は不老不死を求める奴らだ」





非人道的な集団でも、そこに何か手掛かりがあるのなら、ノアはそれさえも利用する。

彼は本当に人間的なのだろうか。




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