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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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埋もれる白

緋彩の言葉に眉を顰めたノアは、入口の外に視線をやった。どんなに目を凝らしてもそこは雪一色で何も見えはしないけれど、緋彩は確かにその先を示していたのだ。

水を飲んだだけで体力を削られた緋彩はノアの腕の中でぐったりとしているが、それでもまだ意識は繋いでいる。何かを伝えようとして微かに動く唇に、ノアは耳を近づけた。


「ノアさ…、お願、い…、あの子を、迎えに、」

「迎えにってどこにだ。この天候の中、出歩ける奴なんて…」

「早く…、」


震える手で指さした先は、やはり入口の向こう。何の確信もなかったが、ノアは一瞬だけ逡巡した後、ゆっくりと緋彩の身体を寝かせて外に向かった。二人の話声に目を覚ましたローウェンが制止する声も無視して、ただ緋彩が指さした先へ歩いていく。


雪と風が結界を叩く音は台風のよう。そんな環境の中、生きた何かがいるわけがない。いたとしても、生きているわけがない。

頭の殆どがそう考えながら、息を止めて結界の外に足を踏み出した。




「…っ、」




さすがにノアもこの吹雪に身一つで耐えるのは持って数分だ。暴風で足元は救われそうだし、気温が低すぎて息をしようものなら気管が凍る。何処を見ても白しか見えないのに、どこに足を向けていいかも分からない。


白しか見えないのに。


白、


白い、


白い少女、










その少女は白かった。










「!」










真っ白な雪に埋もれる少女が、そこに横たわっていた。

白く見えるのは、雪に覆われているからではない。単純に全てが白いのだ。髪も、肌も、眉毛も、睫毛も。

色素が薄いというレベルではなかった。ともすれば雪と見分けがつかないくらいなのだ。人の形をしているが、人間かどうかは分からない。


分からないけれど、緋彩が示したのはこの少女なのだとノアは何故か確信した。














***














やはり少女が白いのは、雪を被っていたからなんかではなかった。

ノアが洞穴の中に運び、雪を落としてやって身体を温めてやっても、少女の白さは変わらなかった。肌と唇の色がほんの少し薄桃色に色付いただけだ。

少女は意識はなく、だが特段苦しそうでもなく、穏やかな呼吸で眠っているだけのようだった。裏を返せば、呼吸をしてなければ、その白さの所為で死んでいるようにも見える。


「この子が、ヒイロちゃんの言っていたアクア族?」

「…確証はない。だが、こいつを見つけてからヒイロの様子が少し回復したようにも見える」

「確かに、あれだけ魘されていたのに、静かに眠って…、あ、ヒイロちゃん起きた」


ノアとローウェンの視線に気付いたかのように緋彩の目がゆっくりを開いた。最初は自分が目を覚ましたことも理解できていないかのようにぼんやりとしていたが、徐々に焦点が定まってきた目が静かに名を呼んだノアの元に注がれた。


「…ノアさん」

「気分は?」

「…何だか、少し楽…になったかも、」


身体は疲れていて自力で起き上がることは出来なさそうだが、声を出すだけで頭が割れそうになる感覚は和らいだようだった。声にも僅かに覇気が戻っている。

頭の中の声が止んだのだ。鐘の中に頭を突っ込まれてガンガンに鳴らされているあの感覚はもうない。


「こいつの所為か?」


ノアは自分とローウェンを挟んで緋彩の右隣、じっと眠る少女を睨むように目を向ける。身体は小さく、クラウスよりも幼く見える。四、五歳といったところか。


「…彼女は…、」

「外に倒れてた。お前が迎えに行けって言ったんだろ」

「そう…、でしたっけ…」


覚えていないのか、緋彩の返事は曖昧だった。ぼんやりとする緋彩に悪態をつく気にもなれないのか、ノアは短く息をついただけだ。


「お前の頭の声が止んだのなら、こいつが関係していることは確かだ。待ってろ、今殴って起こし…」

「やめましょうね、ノア」


作った拳をローウェンが笑顔で止めた。ローウェンはヒイロちゃんが心配でたまらなくてストレス溜まってるんだよ、と言っていたが、そうじゃなくてもノアは無抵抗の相手でも幼女相手でも殴りそうだな、と緋彩は密かに思った。それに、心配でたまらないって誰が誰に。





「……心配、してくれてたんですか?」





回らない思考が、素直な疑問を口に出す。

紫紺の瞳は緋彩を映さないまま僅かに細められた。





「ノアさん…?」





そんなはずないと思いながら声に出した疑問は、答えなど期待していなかったけれど、その目は頷いているようにも見えて。












「────…調子乗んな」













返ってきたものは、確かにいつもの彼だったけれど。






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