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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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声鳴る方へ

朝も昼も夜も辺りは真っ白で、いつ日が昇ったかいつ沈んだか分からない。今が朝か昼か夜か判断はつかないが、体内時計が朝だと言っている。


「うう…、お腹空いたぁ…、…痛いぃ…」

「だから喋るなっつってんだろ」


声を出すだけで頭痛がするというのに、緋彩はそれでも空腹を訴える。起き上がるどころか身体を動かすことも困難だというのに、食事をするということは不可能である。だがそれとは裏腹に気持ちと腹は何か食わせろと急かしてくる。緋彩は今、痛みと空腹の狭間で闘っていた。


「だって…、これだと空腹で死んじゃう…」

「食べられるのなら食べてもいいんだけど、一回吐いちゃってるからね」

「その節はご迷惑をお掛けしました…」


気持ちは土下座をしている緋彩に、ローウェンは大丈夫だよと安心させるように微笑んだ。ノアに続き、ローウェンの前でも醜態を晒したのに彼らは実に紳士的な対応をしてくれた。ちなみにクラウスはまだ寝ているので、その時の地獄絵図は見ていない。


「それにしてもどうしようか…。これじゃ先に進めないね」

「いや…だいじょう、ぶ……」

「アホか。頭起こしただけで血の気失うような奴が何言っても信用ならねぇんだよ」

「そ、そんな、ことは…」


緋彩は口ではずっと大丈夫だと言い張るが、実際はもうノアの背中に背負われることすらままならない。横になった状態でじっとしていなければ頭痛と眩暈が酷くてどうしようもないのだ。ローウェンの言う通り、これでは本当にこの先に進めない。

ただ、もう少しなのだ。

頭の中の声はそう言っている。もう近くにいると分かる。だんだんと近づいている感覚が強くなっているのだ。あと少し頑張ればいいというのに、そのほんの少しが届かない。

この泣き声のような訴えに早く応えてあげたいというのに。


「ノアさん…、私は大丈夫です。だから早く…」

「…………」


どっちにしろ、ここにこのまま留まっていても状況は良くならない。それはみんなが分かっている。

服の袖を掴んで訴える緋彩に、ノアは苦々しい表情で暫し逡巡した。

そして、諦めたような溜息と共に、熱を測るように緋彩の首筋に手の甲で触れる。


「今日一日、ここで様子を見る。それでヒイロが回復するわけじゃないだろうが、この熱が多少なりとも下がれば少しは楽になるだろ」

「そうだね。クラウスももう少し休ませてあげたいし。その代わり、明日はどんな状況でも出発する。…それでいいね?ヒイロちゃん」


確認を求めるローウェンの視線に、緋彩はこくりと頷いた。

発熱は頭痛からくるものなので、正直下がるかどうかは分からない。だが、解熱剤で一時的にでも下がればその間にアクア族を見つければいい。今すぐ出発したい衝動を抑え、これが一番最短のルートだと自分に言い聞かせて、緋彩は目を閉じた。












***












助けて。


助けて。


助けて。




助けてよ。










私は、ここにいる。






















「ヒイロ」





仄暗い水の底から、掬い上げられるような声が聞こえた。

深く深く沈んでいたようにも思えるが、それにしては簡単に浮上し、重い瞼を持ち上げるのにもそれほど時間はかからなかった。

ただ、酷く全身が渇いて、瞬きする摩擦でも眼球が削られそうだ。喉も空気が通るとヒリヒリと痛む。





「…ノア、さ…」





殆ど息のような声に、目の前の綺麗な顔は表情を歪めてちょっと待ってろと言う。そして後ろで何か動くと、すぐに緋彩の背中に手を差し入れて慎重に身体を起こす。

今にも再び沈みそうな緋彩の意識はもう頭痛を感じることも出来ない。ただただぼーっとして、視界に入る情報を把握するのに精一杯だった。


「飲めるか?」

「……は、い……」


カップに入った水が優しく唇に押し当てられる。それだけでペットボトル一本分を一気に呷った気分だった。乾燥した皮膚が水分を吸い込んでいく。

だが、そこから先が進まない。水ってどうやって飲むんだっけ。口を開いて、それからどうしたら水が飲めるのだろう。早く飲みたいのに、その方法が分からない。


「ヒイロ、口開け」

「…あ…」


静かに聞こえた声に従い、口を小さく開けると冷たい水が侵入してくる。今か今かと待ち受けていた水分だというのに、口内は全てを受け入れてくれない。それほど多く入れられたわけでもないのに口の端からポロポロと零れていった。


「っけほ…っ」


少しは飲めたはずだ。それがどれほどの量か分からないけれど、目の前のカップの中身はそれほど量が減っていない。水面に映る自分の顔はぼーっとしていてだらしない。今意識がどこにあるのか分かっていない顔だ。

ああ、こんなんでよく大丈夫だなんて虚勢を張ったな、なんて今更思う。こんな顔で強がったって誰も信じちゃくれないだろう。

背中をゆっくり擦ってくれる手が誰のものか分からないけれど、すごく落ち着く。この手がこうしていてくれればもう少し飲めそうだと乞うようにまた口を開いた。

丁寧に、少しずつ、水が口内を侵す。




「…もっ、と…」

「誰も取らないから、慌てるな」




諭す声は小さく低く響く。何もできない幼子に戻ったような緋彩に、飽きもせず淡々と付き合ってくれる。

気が付いたら緋彩の手は、きゅっと彼の服を握り締めていた。




伝えなければならないことがある。


どうか、


この声を聞いてほしい。




「────…すぐ、そこに、」


「?」




吹雪の音でかき消されてしまいそうな声しか出ない。

だが彼は、どうにかその音を拾おうと耳を澄ましてくれた。










「すぐそこに、アクア族が来てる」










どうか、


助けてほしい。











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