そこがどんな場所でも
「……どうしたの、ヒイロ」
クラウスは、さらに顔色を悪くさせた緋彩に心配そうな表情を浮かべる。今にも泣き出しそうだと思ったのか、俯く顔を覗き込むように寄り添った。
それに緋彩は小さく大丈夫、だと軽く制止し、気を取り直すように顔を上げた。
クラウスはロイの最期を知らない。生きているかも死んでいるかも知らない。不老不死だと思っているのなら、どこかで生きていると思っているかもしれない。これを伝えたら、その希望を絶つことになるかもしれないけれど。
ロイは望んだ死を望んだように受け入れたのだと、クラウスは知るべきだ。
「…クラウス、私達ね…、そのロイくんに会ったことあるよ…」
「────…え?」
どんな衝撃的なことだろうと淡々と話してきたクラウスが、珍しく本能的な驚きを見せた。鮮やかな青い瞳が大きく開き、さざなみのように波立つ。
「少し前、偶然会ったの」
「ど、どこでっ?」
「ルイエオ国の国境近くで倒れてた。一応、出来る限りの介抱はしたんだけれど…」
「今彼はどうしてるの!?」
「…、」
諦めたような口振りだったのに、やはりクラウスは何処かロイが生きていると希望を捨てきれなかったのだろう。ロインの情報を聞いて、詰め寄るように質問を重ねてくる。決して誰の所為でもないのは分かっていたけれど、緋彩はまるで自分が悪いことをしてしまったかのように言葉が出てこなくなった。
言い訳もないのに言い訳を探し、事実を伝えるしかない現実を受け入れられず、縋るような青の瞳を真っ直ぐに見返せない。答えに躊躇えば躊躇うほどクラウスの不安は募るというのに、最初の一言が出てこなかった。
手の中に握りしめた言葉が、出てこない。
だが、不意に緋彩の手にふわりと重なった体温は、冷たく、熱を溶かす。
「ロイは死んだ」
これ以上はこっちの仕事だと、勝手に奪われていく。
「死ん────…、」
「あいつが望んだことだ。百年以上も長く生きたんだ。…充分だろ」
「………そう」
怒るでもなく、悲しむでもなく、落ち込むでもなく、クラウスはただ本を読むようにノアの言葉を聞き入れた。それは希望が途絶えたというより、知っていた事実を確認しただけのような。緋彩が思っているよりも彼には覚悟は決まっていたようだ。
だからだろう。ノアもそのまま話を続けた。
「ロイがエリク国を追われたことは確かだ。不老不死を理由に、親に捨てられたらしい。その後ロイは、龍と百年以上も一緒に過ごしていた。お前が生まれるよりもずっと前からだ」
「えっ…、でも、それって…」
「わざわざ行ってたんだろうな。追い出された国に、友達に会いに」
「────…」
クラウスがロイに出会った時、何故ロイがエリク国を訪れていたかはもう今は分からない。だが、その後も嫌な記憶であるはずの母国に足を運んでいた理由は一つしかない。
大切な友達がいるからだ。
死を望むようになったロイは、同時に大切なものを手放すことを決めた。
不老不死でも永遠はありえないと知っていたから。
クラウスともマナとも、いつか離れなければならない日が来ると思っていたから。
そのいつかが、緋彩たちの前だっただけの話だ。
「────…馬鹿じゃないの…」
クラウスから零れたのは、小さな声と、たった一粒の涙だけだった。