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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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地獄への誘い

「…っ、く…、う…っ」


頭を斧で叩き割られたような衝撃。続けて脳を素手で揉まれている感覚が断続的に襲ってきた。とても真っ直ぐ座っていることなど出来ず、床で転げまわるかのように呻く。痛いというより気持ちが悪い。苦しいというより訳が分からない。叫びたいほどの衝動に駆られているのに、声を出すと頭が破裂しそうだった。


「ヒイロ、」


身体をモップにして床の汚れを拭き取ってしまっていた緋彩を抱き起こし、ノアの冷静な声が遠くから落ちてくる。聞こえているのに返事が出来ない。助けてと叫びたいのにその力がない。


頭の中の声は、こんなに叫んでいるのに。






「う…あ…っ、…た、す、…け…」


「ヒイロ、落ち着いてゆっくり息をしろ。大丈夫だ」






何が大丈夫なのか。落ち着くってどうやって。

背中に当たるノアの手は優しく宥めてくれるし、声は緋彩を気遣ってくれているのに、それに苛立ちを募らせるくらい緋彩の脳内は混乱を極めていた。

止んでいた頭の声が倍になって再開している。突き刺してくる声が脳内なのかノアの声なのかもう分からなくなっていた。


「やめ…っ、…い、や…、もう、やめ…っ」

「ヒイロ」


低く、いつもより少し熱のこもった声は、彼の腕の中で藻掻く緋彩を根気強く宥めてくれている。呻くだけの緋彩が何を訴えたいのか、一体何が起こったのか、充分に分かっているわけではないだろう。それでも目の前で突然おかしくなった少女の苦しみを、取り除くことだけに集中していた。


「…っ、あ…、は…っ、…誰、か…」

「ここにいるから、だから落ち着け。ほら、息を詰めるな」

「は…、あ…、」

「そうだ。ゆっくり、ゆっくり、」


声に合わせて背中を擦る手が、時々首筋に当たる。冷えた指先は、熱を持った緋彩の身体には灼熱の地獄の中の水のようで。




ああ、これで大丈夫だと、酷く安心した。




















「一体何があったの」


険しいノアの表情。その腕の中で真っ青な顔色で気を失っている緋彩。

騒がしさに目を覚ましたローウェンとクラウスは寝ぼけ眼をぱちくりと瞬かせた。


「分からん。急に倒れた」

「それでよく冷静にいられるね。ヒイロちゃん死人みたいな顔しているけど」

「恐らく先日から言っていた頭痛が再発したように見えたが…。それにしては苦しみ方が今までの比じゃなかったな」


す、と緋彩に落とす視線は影が落ちてよく見えないが、小さくついた溜息は言われるほど余裕があるようには聞こえない。ローウェンはそれもそうか、と一人で小さく呟き、緋彩の汗を拭くタオルをノアに手渡した。


「でも一体どういうことだろうね?前にヒイロちゃんが言っていたのは、頭の中で音がするっていうことだったよね?ルイエオ国の時のように、アクア族が呼んでいるみたいに」

「だから意味が分からないんだ。ここに来るまでのこいつの頭痛が、この国のアクア族である可能性に絞っていたから、惨殺された今、再び聞こえる理由がない」


汗で張り付いた髪を退かしながら、ノアは緋彩の額や首筋の汗を優しく拭う。気を失った先でも苦しんでいるのか、時々表情を顰めて身体が強張っていた。

クラウスが横で心配そうに覗き込んでいるが、この場では誰よりも冷静に状況を呑み込めているのか、落ち着いた声色でぽつりと口を開いた。


「生き残っているアクア族もいるんじゃない?」


色のない平坦な声に、ノアもローウェンも虚を突かれたように目を丸くさせた。


「生き残ってるって…、あの状況じゃ誰も助からないよ、クラウス。確かに息のある人はいたけど、どんなに治療してももうきっと長くない」

「あくまで可能性の一つとして言ってるだけだよ。僕はアクア族のことをそんなによく知らないけれど、国のことは他国民よりかは知っているつもり」


クラウスはそう言いながらローウェンの荷物から勝手に地図を取り出す。床に広げ、自分たちが今いる場所を小さな指先で押さえた。それから少し離れた北の地、まだエリク国の国境より内側に位置する場所まですっとなぞった。





「ここが、エリク国が永久凍土の地獄だと言われている最たる理由の場所」





地図上で見る限り、そこは岩山だった。”イスブルクの崖”と書かれたそこは、国境をなぞるように長く長く続いていた。


「僕たちがこの国に入ってきた時は、唯一崖が途切れている隙間を通ってきただけ。エリク国民だってこの天候ではそこを探し当てるのは苦労するって言うのに、ヒイロがそれを一発で言い当てたのにはびっくりしたけど」


確かにクラウスが指でなぞる場所は、国境の代わりかのようにぐるりと岩山が国を取り囲んでいた。吹雪によって視界が悪く、今の今までノアもローウェンも忘れていたのだ。エリク国は断崖絶壁で覆われた国だと。

続けて、特に標高が高くなっている一点をクラウスが指し示した。


「僕も行ったことはないけど、ここがアクア族が住んでいると言われてる場所。僕たちが今いるここよりも数倍天候は悪く、僕の結界でも効くかどうか怪しい。皆を殺した犯人でも、そんな場所まで行けるとは思わない」

「…仮にそこにアクア族がいるとして、そんな場所に確かめに行くのは無茶でしょ。クラウスの結界が効かないんじゃ手立てはないよ」

「でも、確かめるなり何なりしないと、ヒイロが苦しんでいる理由も、その原因を取り除くことも出来ないんでしょ?」


色を失った緋彩の顔を見つめながら、クラウスは低く言った。見据えたような瞳は、何かを決している。







「何か手立てがあるのか」







疑問というより確認。信頼というよりは挑発。


濃い紫紺の色は、クラウスの青まで染めそうだった。











「これは懸けだよ、ノア」











青は侵食を許しそうにない。










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