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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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まだ届いていない

緋彩の頭の中の音が止んだのは、結局アラム族が殺されてしまったからだった。助けを求める声は、彼らのものだったのだ。


「……間に合わなかった」


辺りを探してもアラムの姿はもうなかったけれど、国が襲われてからそう時間は経っていなかっただろう。あと少し、緋彩が途中でへばっていなければ、もう少し早く歩けていれば、少しでも早くエリク国の場所を見つけられていたら。


自分が、自分が、自分が、自分の所為で。





「人一人の力で全てを救えるなんて思うなよ」


「────…え?」





唐突に上から降ってくる声に緋彩が顔を上げると、遺体の弔いをしていたノアが、無感動に見下ろしていた。休憩にでも来たのだろうか。とても慰めようとする顔ではないけれど、声は柔らかく気遣われている、気がする。

ノアは緋彩の横に腰を下ろすと、少し煤で汚れた横顔のまま独り言のように呟いた。


「どんな人間だろうと人が出来ることなんてたかが知れている。責任感が強いのは結構だが、全て自分がどうにかする気でいるのは高慢ってやつだ」

「高慢の代表者が何言ってんですか」

「俺は己の力の及ぶ範囲を心得ている。お前と一緒にすんな」

「わ、私だって自分が非力なことくらい分かってますよ。だからこそ、出来ることをやりたいと思うんじゃないですか。小さな力だって、それがトリガーなら、ちゃんと仕事をしなければ全てが潰れてしまうことだってあるでしょう?」


自分がいなければ世界が回らないなんてことは思っていない。けれど、回らない世界戦もあるかもしれないとは思っている。人の命が懸かっている世界だとは思いもしなかったけど。


「ノアさんの呪いを解く希望が潰えたこともそうなんですが、全てとは言わなくても私の行動一つで人の命が奪われることだってあるんだって思い知らされました。ここは、そんな世界だって」


ただの女子高生だった自分が、そんな世界に身を投じることなんて夢にも思わなかったけど、これは現実なんだと自覚できるようになったのはつい最近のことだ。それが良かったのか悪かったのかは分からないけれど、良かったことだと信じたい。それで、誰かが救えるなら。


「…分かってたのに…。分かってたのにこの結果です。私の力は、何の命にもならなかった」


膝を抱えて俯く緋彩の背中は小さい。少しの衝撃で折れてしまいそうだった。いつもは細さの割に骨太さが窺えるその背中が。

肩からはらりと滑り落ちた髪の毛を掬うようにして、ノアは緋彩の伏せた顔に半ば無理矢理光を浴びせる。雪は相変わらず降り続いているが、少し弱まったのか、空が明るくなってきたのだ。


「今見てるものが全てではないだろう。()()()見てきたもの、全て幻だったのか」

「……それは…、」

「ローウェンにしろロイやマナ、アリア、この間の集落の連中だって、なかったことにする気か。お前の行動に、言葉に、意志に、心に、救われたと思った人間が全て幻だったと」


紫紺の瞳は、真っ直ぐ真剣だった。僅かな憤りを孕んでいるようにも見える。

どんなに慰められたって、どんなに励まされたって、ボロボロになった気力はそう簡単に立ち直ることなどないと思っていたのに。







「────…なめんなよ」







強い光に、抗えない。







「顔を上げろ、ヒイロ。まだお前にはやれることがあるだろ」







慰めや励ましなんてとんでもない。

心も体もボロボロだというのに、相棒は労わると言うことを知らないのだ。


ただ、


彼は掴んだ手を絶対に離さない。









「────…はい」









ヒイロが強く頷くと知っているから。














***














百を越える遺体を弔うのは当然骨が折れる作業だった。

多少弱まったとはいえ、相変わらず結界を張らなければ呼吸が出来ない寒さなので、クラウスはバラバラに動く四人それぞれに結界を張ることになり、神経が磨り減るとぼやいていた。ノアとローウェンは泥と血と煤塗れになりながら、亡くなった人達を一人一人綺麗に並べて寝かせ、布を被せてやっていた。地面は雪で覆われていて土葬は困難でもあったし、これだけ数が多いと一体幾つ穴を掘らなければならないのか分からない。申し訳ないけれど、無残な殺され方を見えなくすることしかしてやれなかった。

緋彩もノアとローウェンを手伝うと言ったのだが、どうせまた気分を悪くするのがオチだと即刻拒否された。反論の余地はない。結果、何をすることもできず、時々休憩に来るノアとローウェンを労いながら、こうしてクラウスと一緒に膝を抱えて丸くなっているのだ。


「クラウスは大丈夫なの?」

「何が?」


あまり見ないようにしている緋彩とは違って、惨劇の跡をぼんやり見つめているクラウスは特別疲れている様子は窺えない。けれど、もう何日も結界を張り続けているのだ。いくら魔力が莫大だからと言って、多少の疲労はあるだろう。


「だって、ずっと結界張りっぱなしだし、離れて動く複数人の人に結界を張るのは疲れるんでしょ?」

「まぁ…、全く疲れてないっていったら嘘だけど、こんなの慣れてるから平気だよ」


あっさりと返事をするクラウスに、緋彩は眉尻を下げた。


「慣れているとか慣れていないとか、そういうことじゃなくて。私は今がどうか訊いてるの」


そんなつもりはなかったが、少々語気が強くなったかもしれない。クラウスが呆けていた目を丸くしてしまった。

慌てて謝ろうとすると、何故かクラウスの方からごめん、と戸惑った声を漏らした。


「…このくらいの連続魔法行使は普通だったから、僕は疲れるっていう感覚が少し麻痺してるみたいで。疲れたと感じた時はもう倒れる寸前くらいなんだ」

「あ、いや…。こちらこそごめんなさい…。責めるつもりはなくて、クラウスは何も言わないから大丈夫なのか心配だっただけで…」


疲れたとか、辛いとか、悲しいとか、寂しいとか。

どんなに細い繋がりも、切れてしまって何も感じないというほど彼は薄情ではない。家族も友達も見たことある人もすれ違った人も、もう二度と見ることが出来ないと分かっているはずだ。

それでもクラウスは、痛む胸を押さえるように頭を下げる緋彩に、ただただ困った視線を注いだ。


「ヒイロの気持ちはありがたいよ。けど、本当に大丈夫。ヒイロの言いたいことはよく分かる。でも、ここに僕の居場所はなかったし、生きる場所でもなかった。人が殺されてしまったこと自体は悲しいことだけれど、僕はこの状況に少し安心してしまってるんだ」

「クラウス…」

「酷いでしょ?こんな残酷な景色を目の前にして涙も浮かばない。寧ろここがなくなったようで気が晴れた心地すらしている。ここを襲った犯人にお礼を言うつもりはないけれど、責めるつもりもないんだよ」


ここはそんな場所だった、とクラウスは誰にともなく呟いた。

その目には生きてきた十年間の景色が映っていて、そこにいる彼は殆ど笑っていない。楽しさも嬉しさも全然なくて、ただ灰色の世界が広がっていた。

きっと、彼の言葉に嘘はない。

クラウスにとってなくなっていい場所だった。滅びてほしい場所だった。二度と目にしたくない場所だった。



たった一筋、頬を伝ったものは安堵から流れたものだったのだろう。



だけど男の泣く姿など誰にも見せなくないだろうと、緋彩は涙ごとクラウスを胸に包んだ。


























「…ヒイロ」

「ん?」

「ごめんね」

「何が?」

「ぺちゃぱいって言ったけど、思ったよりあったね。少なくとも男よりは」

「私の胸が抉れてるとでも思ってたの?」








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