触れる熱
結界で風や雪、体力を奪ってしまうような気温からは身を守れるが、肌に直に触れるものまではどうにもならない。踝まで埋まる積もった雪はどうあっても防ぎようがなかった。
「わっ…、むぎゅっ!」
何度目かとなる緋彩の躓きは、毎度ノアの背中で支えられる。その度に『いい加減にしとけよ』という圧が降ってきて、目を合わせられないまま謝るという流れをもう何度繰り返しているか。
勿論緋彩に悪気はないし、前にノアがいて、緋彩がこければぶつかることは分かっているような位置に彼がいつもいることも少しは悪いと思うのだ。
だからそんなに睨まなくてもいいと思う。
「……ヒイロ」
「は、はひ…」
それまで無言で睨むだけで、背中への衝撃などなかったことにされて無視されていたのに、今回は堪忍袋の緒が切れてしまったのか、低い声で緋彩の名が呼ばれた。
緋彩は反射的に肩を竦ませて恐る恐る視線を上げると、予想通りというか案の定というか、不機嫌に歪められた紫紺の瞳があった。
「ご、ごめんなさ」
「ちょっと足出せ」
「はい…?」
脊髄反射で謝ろうとした言葉を食うように、ノアはそう言って緋彩の足元に跪き、有無を言わせず片足を手に取った。今度は後ろ向きに倒れそうになった身体を、すかさずローウェンが支えてくれて、尻が雪でべちゃべちゃという事態は免れた。
その間にもノアは緋彩の靴とレッグウォーマーを脱がせ、果てはタイツまで脱がせようとするものだから、さすがにそれは自分で脱ぐと男三人に後ろを向いてもらって自分で脱いだ。何で脱いでいるのかは分からないけれど。
裸足になった緋彩の足を見て、ノアの眉間には皺が二本増え、ローウェンとクラウスはうわぁ、と声を漏らした。
「…………お前、これ足の感覚あるか?」
「え?…あ、そういえば…」
ノアが親指ですっと撫でる足の指や甲は見るからに真っ赤に腫れていて、言われて気が付いたが、殆ど感覚がない。目で見て初めて自覚した自分の足の状態に、緋彩は遅れてうわぁ、と目を瞬かせた。
「靴の中に雪が入り込んで凍傷になったんだろ。何故早く言わない?」
「いや…、私もこんなことになっていようとは…。途中から冷たいとか分からなくなりましたし」
「その時点で感覚失ってんだろ。…とりあえず、応急処置だけするぞ」
「え…あ…、うひゃぁい!?」
ノアはさっと周りを見渡すと、数メートル離れたところに崩れて殆ど形を成していない小屋を見つけ、途端に緋彩の膝裏と脇に手を入れて軽々と持ち上げた。
これまでやむを得ずノアが緋彩を抱えるとなれば、お米様抱っこか担ぐか、二つに一つだったというのに、急なお姫様抱っこに緋彩は目を白黒させて手足をバタつかせる。そこに、鋭いノアの視線が飛んできた。
「動くな!」
「はいぃ!」
ピシ、と凍ったように身体を強張らせたのは、気温の所為なんかじゃない。
緋彩が大人しくなったのを確認すると、ノアは睨みつけるような目をしたまま小屋の方へ足を向けた。一歩を踏み出す度、密着した場所が強く触れる。とくん、とくん、と脈打つ鼓動は緋彩のものか、ノアのものか。
恥ずかしさからか、緋彩は身体が熱を持っていくのを感じた。
その熱で雪が溶けて、バレなければいいけれど。