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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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交代

今夜は緋彩が見張りの時間が長い当番だ。見張りのシフトは極力緋彩の勤務時間が少ない組み方をしてくれてはいるが、ノアとローウェンだけに任せて自分だけ気持ちよく寝ていられないと、緋彩の方からシフトを増やしてもらったりする。野獣が襲ってきたり、有事の際には結局二人を起こすことになるのだから、平穏な夜くらいはゆっくり寝てほしいと思う。


「────…はぁぁぁ…」


夜具に身を包み、飛び出した手のひらに吹きかける息が凍る。火は焚いているけれど、あまり暖が追いついていなかった。いつもは夜具の上にノアとローウェンの上着を借りたりするのだが、今日はローウェンの上着はクラウスに貸している。一枚身を包むものが少ない分、寒さが堪える。


「っくしゅんっ」


ずび、と鼻を啜りながら後ろを振り返ると、クラウスは寒さなど感じていないかのように幸せそうに眠っていた。良かった、起こしていないと安堵しながら夜具を首元まで手繰り寄せる。

屋根としてちょうどいい岩陰が運よく見つかったので、未だ降りしきる雪からは逃れられているが、外気を防ぐ壁とまではなってくれないので、時折吹く風がさらに身を凍らせた。

まずい、このままでは風邪を引いてしまうと白湯を飲むべく鍋に手を伸ばした。

だが、緋彩の手がそこに届く前に横から別の手が伸びてくる。




「貧弱な身体は大変だな」


「……ノアさん」




寝起きだからか、いつもより覇気のない目をしながら鍋に水を入れて火にかける。

緋彩のくしゃみで起こしてしまったのかと謝ったら、全くだと言われた。その場合は嘘でも『そんなことない』と否定するのが気遣いというものではないだろうか。


「自分でしますから、ノアさん寝てていいですよ?」

「調子乗んな。俺の分だよ」

「さいですか」


ですよね、と緋彩の目は遠くなる。ノアがこういう人間であったことをすっかり忘れていた。というのも、最近の彼はどこか分かりやすい優しさが見えてきていたからだ。それまでも単に冷たいだけの人間というわけでもなく、偏屈ではあっても人間的な優しさがなかったわけではない。時折は気遣いも見せていた。それが最近は目に見える事が増えたのだ。

緋彩としては喜ばしいことのはずなのだが、どこか擽ったく感じるところもあった。


「もう寝ないんですか?」

「これ飲んだら寝る」


そう言いながらノアは沸騰を始めた水を二つのカップに移す。一つは自分に、もう一つは緋彩の前に無言で差し出した。

自分の分の白湯を作ると言いながら、緋彩には充分な量の白湯を渡したのに、自分のはカップの半分くらいしか入っていない。訳が分からない人だと思いながらも、何か言ったら取り上げられると思って、緋彩は素直にお礼を言って受け取った。

湯気を上げる白湯に少しずつ口をつけながら、横目でノアを見ると、その目はまだ半分瞼が下りていた。ぼんやりと舞う雪を見つめ、心なしかいつもより雰囲気が柔らかい。今にも噛み付いてきそうな鋭い気迫や、不必要なものを即刻除外するような近寄りがたいものが削ぎ落ちていた。


「…ノアさん…?眠いんですか?」

「…そりゃあ、夜だからな」

「寝ればいいのに」

「これ飲んでからだっつったろ」


そんなもの三口くらいで飲み終わる量なのに、時間をかける理由が分からない。眠いノアは刺激し過ぎると危険なのであまり踏み込まない方がいいと判断した緋彩は、ふぅんとだけ頷いておいた。

すると、今度はノアの視線が緋彩に移る。


「…お前は?」

「はい?」


何の質問をされたのか皆目見当もつかなくて、暫く考えても分からなかったので首を傾げて訴えた。ノアの目が面倒くせぇなと言い放った気がする。


「クラウスの話を聞いてる間、顔色なかっただろうが。また吐くんじゃないかとヒヤヒヤしてたわ」

「あ…、ああ…。まあ、衝撃的ではありましたけど、吐くまではなかったので大丈夫です。これでも鍛えられましたからね」

「あっそ」


ノアは興味のない返事をしながらも、んなもん鍛えんなとも呟いた。

以前に目の前で吐かれたのが相当なトラウマになってるらしい。それはあんな場面に出会して顔色の悪い奴を見れば不安にもなるだろう。


「それならいいが、精神的にでもダメージ食らったんなら寝て体力取り戻しておけよ。ここからは体力勝負だからな」

「心配してくれてるんですか?」

「途中でお前がヘバッて俺がおぶらなければならなくなる心配をしている」

「ああ…。でも今日は見張り当番ですし」

「いいから」


ノアは溜息混じりに言うと、まだ少し中身が残っていた緋彩のカップを奪い、自分の夜具を乱暴に緋彩に投げ付けた。

ばふりと顔に当たった夜具には、彼の体温と香りが残っていた。


「………代わってくれるんですか?」

「もう目が冴えた。ついでだ」

「眠いって言ってたくせに」

「ほう…、今後毎日見張り当番でもいいと言ったのか?」

「はいはいはいはい寝ます!今すぐ寝ますおやすみなさいませぇ!!」


やはりノアの言うことには百二十パーセント従っておく他はない。緋彩は渡された夜具に包まり、即座に横になって目を閉じた。眠るまでノアが見張っている気がして眠れそうにはないと思ったが、瞼を下ろしてしまうと意外にも脳が疲れていると訴えてきた。

恐らくものの数分で意識を落としてしまうだろうという瀬戸際、緋彩はやっとの思いでもう一度瞼を持ち上げてノアを見た。


「ノアさん」

「あ?」


相変わらずの愛想の欠片もない返事にはもう何も思わない。貸してくれた夜具に彼の気持ちはちゃんと含まれている。

言葉が不器用な彼には、どんな気の利いた言葉もあまり必要ではなくて。





「ん」


「は?」





緋彩は寝ぼけ眼で脱いだ自分の上着をノアに差し出す。

当然不審な目しか返っては来ないけれど、緋彩の眠気は限界で取り合っている余裕はない。半ば押し付けるようにして上着を無理矢理ノアの手に握らせた。


「おやすみなさいぃ…」

「…………」


何も言わせまいと夜具に包まって背中を向けると、予想通り無言の圧がビシビシと後ろから伝わってきた。まぁでも悪いことしたわけじゃないしいいか、と緋彩は背中を突き刺す視線を無視して寝息を立て始めた。






























「………小さくて着れるかっつの…」


降りしきる雪と風避けくらいにはなるかと、ノアは体格に合わない上着を肩に羽織った。












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