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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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救いたくて見捨てる

相変わらずクラウスに悪気はないようだった。口に出している疑問に他意もなく、複雑に勘ぐる方が時間の無駄と言える。

彼から感じる圧は気のせいだと自分に言い聞かせ、緋彩は努めて平常心でクラウスを見る。


「クラウスが間違っているかどうかは、私には分からない。判断できるほどまだあなたのことを知らないし、事情も分からない。答えてあげられる保証はないけれど、良かったら詳しく聞かせてくれる?」

「…聞いてどうするの?」

「聞くだけだよ、申し訳ないけれど。でもきっとそれだけで何か違うと思う」

「……」


もしクラウスが納得できない理不尽を抱えているのなら、話を聞いてくれる人がいるだけでも多少違うはずだ。解決するなんて大きなことは言えないけれど、たった一人で逃げてきたほどの事情は、きっとどこまで逃げてもずっと追いかけてくる。少しでもここで断ち切ってあげられたら、クラウスは楽になれるだろうか。

見上げてくる彼の瞳は無に近い。性格を模したような素直な色も、そこに感情は一ミリも見えない。いっそのこと怒りを出してくれた方がまだマシだと思うくらいにそれは寒気の走る目だった。

暫くクラウスはそのまま緋彩を見て固まると、思い出したように一つ息をついてやっと動き出す。投げ出していた脚を折り曲げて、胡坐をかいて表情を緩めた。口元は笑っているけれど、僅かに伏せた目は何を考えているか分からない。




「…僕はさ、故郷で()()として扱われてた」




怒っているとも悲しんでいるとも悲観しているとも思えない、他人事のような声だった。

道具?と首を傾げた緋彩にそうだと頷く姿さえ笑っていて、だがそこに楽しさなど微塵もない。


「僕の故郷はちょっと特殊でね、人間が普通に暮らせるような土地じゃないんだ。年中天候が悪く、結界の中でしか生きられない。そんなとこに人が住んでいること自体驚きなんだけどね」

「どんな場所でも慣れたところがいいって言うことはあるからねぇ。私だって寝るところはベッドの上がいいです」

「無茶言うな。俺の夜具を貸してやってるだけありがたいと思え」

「ご尤もです」


密かにノアに訴える目線をやると、倍以上の厳しさの視線が返ってきた。にべもない。

しかし、それとは他に、ノアとローウェンの表情はどこか硬い気がする。呑気に話すクラウスに対して子どもに向ける目ではない気がした。

そんな二人に微笑んで返事をしているところを見ると、クラウスは二人の様子に気付いているのだろうが、特に気にする様子もなく話を続ける。


「そんな環境だから、そこで暮らすには結界を張り続けられる人間が必要だった」


す、とクラウスの瞳から光が消える。


「それって、もしかして…」

「喜んでいいのかどうか怪しいけれど、僕は生まれつき魔力保有量が人の五倍でね」


その事実が何を示すのか緋彩でも分かる。

道具として扱われたというのは()()()()()()なのだ。


「一口に結界と言っても、用途や目的によって魔力の消費量はそれによって大きく差がある。主に自然現象から身を守るような結界は薄く、そこまで強力なものじゃなくても充分。…だけど、その少しずつが延々と続くと思ったら?」


果てしない虚無感。


必要としてくれる。存在を認めてくれる。居場所を与えられ、生きていく意味を持たされ、注目され、皆が求めてくれる。


それなのに、

そのうち訪れるのは虚無感なのだ。


何故必要なのか、何故認めているのか、何故居場所を決められ、生きていく意味を押し付けられ、注目を浴びて、強要されるのか。


答えは簡単だ。





自分たちが困るからだ。





最初から知っていた。知ってて生きていた。

それでもいいと思ったから。

それでも存在がなくなるよりはいいと思ったから。


生きるのに必死で、


たった十歳の子どもに与えられた使命が大きすぎるとは思わなかったから。






「国に僕の魔力保有量が大きいと知られてからは、国を張り巡らす結界は殆ど僕が担ってた。他にも担当者はいたけれど、皆情けなくてさ。一日中結界を張ると三日はへばっちゃうんだ」


自分は一ヶ月張り続けても一日休めば大丈夫なのにとクラウスは肩を竦める。それがどんなにすごいことなのか、緋彩には分からなかったが、後でローウェンに聞いた話では、どんなに弱い結界でも一ヶ月張り続けると普通の人間なら一発で死に至っているということだった。そんなことをケロッとした顔で言うのだから、クラウスは自分の魔力量がすごいとも他よりも勝っているとも劣っているとも思っていないようだ。ちょっと運動が得意とかいうレベルで言っているのだろう。


「そんな事実を目の当たりにするとさ、そりゃあ魔力量が多い僕の負担を大きくするのが筋だろうってなるよね。誰だって疲れることはしたくないし、魔力が少ないことは自分ではどうにもできないんだもん。仕方ない」

「でもそれは…」

「そうなんだよヒイロ。いくら僕の魔力が大きいからって無限ではない。人より長く張り続けられるけれど、一ヶ月張れば一日休まないと辛いし、体調だって崩す時がある。身体は普通の人間なんだから、風邪もひくし熱も出すしアレルギーだってある」

「でもそんな時くらい、他の人が…」

「最初は頑張ってくれたよ」


最初は、とクラウスは念を押すように繰り返した。


「僕が生まれるまではどうにか自分たちだけで頑張ってきたはずなんだ。国の比較的魔力の強い者を集め、交代でやってきた。…でも、もう楽を知っちゃったんだろうね。魔力が強い人間の魔力を使うのが当然だという空気が国中で蔓延った。協力は忘れなくても、助け合いは消えた。僕がどんな状態でも『頑張れ』と声をかけられたよ」




何日も寝てなくても、

四十度近い熱があっても、

意識を失いそうになっても、


ただただ『頑張れ』と。




「そんな、の…」

「おかしいでしょ?そう思ってくれるヒイロは好きだよ」


クラウス自身、その頃は感覚が麻痺していたのだと言う。

自分が死にそうな状態でも、自分がやらなければみんなが死んでしまう。()()()()()()()()()()()と。


生きたかったから。


「家族の人は…」

「両親と兄と姉、僕ほどじゃなかったけどみんな程々に魔力は強かった。けれど家族も周りと一緒だよ。元々特別仲悪いわけでもなかったけど、息子や弟の為を思って心を傷めるというほどじゃなかった」


まぁ普通の家族だよとあっけらかんと言うクラウスの感覚は、まだ狂っているのだろうか。

死にそうになっている家族に、皆の為に頑張れとだけ言うのは、本当に普通なのだろうか。それぞれの家族の形というものはあるだろうから、緋彩から何か言えることはなかったけれど、きゅっと胸が締め付けられた。

胸の前で手を握る緋彩に、クラウスはそんな真剣に思い詰めないでよと笑っているが、未だに目は笑ってなどいなかった。




「まあそんなわけでさ、僕は逃げてきたんだ。…皆を見捨てて」




今、国がどうなっているか知らないけれど、もうどうだっていい。











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