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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十二章 呼び合う音
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十年の眼で捉えた現実

険しい表情のノアと困惑を隠せない緋彩とローウェンの視線を浴びながら、クラウスは与えられたパンとスープをパクパクと口に放り込んでいく。相当空腹だったようで、それらはぺろりと平らげられた。


「あー、美味しかった!ありがとうヒイロ!」

「あ、いや、作ってくれたのはローウェンさんだから…」

「そうなんだ。ありがとうローウェンおじちゃん!」

「感謝しているならおじちゃんはやめようね?」


呼び捨ての方がまだマシだと訴えると、クラウスは不思議な顔をしながらふぅん、と頷いた。良くも悪くも素直で正直な少年である分、怒りようにも怒れない。ローウェンもこの感情をどこに捌かせようと思案している中、ノアだけは通常運転だった。


「食ったんならこちらの質問に答えてもらおうか。お前は何処から逃げてきた?」

「このお兄さんかっこいいのに愛想ないからもったいないね!」

「「同感」」


緋彩とローウェンの声が揃う。たまにはこういう正直に感想を言う人材がいてもいいのかもしれない。顔面の強さで誤魔化されているけれど、ノアはもっと自分の愛想のなさを自覚した方がいい。

生憎、愛想を振りまいて何の得になるのかとしか思わないノアは、クラウスの辛辣な意見に心を折る様子はない。何故か同感した二人は睨まれたけれど。


「話を逸らすな。質問に答えろ」

「別に逸らしてないよ。ちゃんと答えようと思ってるのに、お兄さんせっかちだなぁ。答える気失せちゃ…わお!」

「ノアさんノアさん!?駄目!剣は駄目!相手子ども!」


やれやれと肩を竦めていたクラウスの目の前には、瞬きをした瞬間に光る刃が突き付けられていた。そこに反射しているノアの目は本気だ。すかさず緋彩が前に飛び出してこなければ、クラウスは真っ二つにされていたかもしれない。

驚きはしても怯えてはいないクラウスは、緋彩の宥めに応じたノアを確認すると、自分の事情を知ってどうするのかと不平を言いながらも、一つ咳払いをして質問に答え始める。




「僕はさ、今の生活に嫌気がさして逃げてきたんだよ」




さながらサラリーマンが言いそうなセリフから始まった話は、それまで澄んでいたクラウスの瞳に僅かな陰を落としたように見える。単に陽が落ち始めただけなのかもしれない。


「嫌気がさしてって…、その齢で?これからの人生大丈夫?」

「子どもだって人生逃げ出したくなる時だってあるよ。大人が考えるより子ども本人はいろんなこと考えてる」

「た、例えば?」

「そうだなぁ…。例えば、お金で醜い争いをしている姿がみっともないなぁとか、我が身の可愛さの余りに周りが見えていない利己的人間は愚かだなぁとか…、子どもには分からないと、見えていないと高を括っている馬鹿な大人がいるな、とか」

「!」


突然ワントーン下がったクラウスの声に寒気がした。

姿形は無邪気な子どものクラウスの何処にそんな恐れを感じるのか。見た目も、中身も、立ち居振る舞いも、口調も全て子どもだと言うのに、この少年の何処に単なる子どもとは違う距離を感じているのか。


「そんな大人たちを見ているとさ、この人たちと一緒にいると僕もいつかこんな大人になってしまう。染まってしまうのが怖いなぁと思い始めるんだよ。だから逃げた」


ふぅ、と小さな口から天を仰いで漏れた息は、真っ白になって宙へ散っていく。雪が降っているのだ。息が白くなって当然だし、火の近くにいなければ凍えてしまいそうな気温だ。だが空気はとても澄んでいて、身体が耐え得るのならずっとこの空気に晒されていても決して悪くないと思うほどだった。当たり前に透明な空気が、もっともっと透き通っていて、存在すら危うく思う。

それがクラウスも心地よいと思ったのか、小さくここは居心地がいいと呟いた。


「別に、本当は逃げ出したいほど嫌だと思っているわけじゃなかったよ。逃げても行き場なんてないの分かってたし、我慢できないほどじゃなかった」

「じゃあ何で…」

「殺されると思ったから」

「!」


空を見上げていた深海の色の瞳がすっと緋彩に移った瞬間、濁った空気がぶわりと広がった。

子どものクラウスが子どもではないと何処かで思ってしまう理由が、その瞬間に分かった気がする。





彼の目は、老いた人間より多くのものを見ていた。






だがそれ以外の彼を構成するものは年相応。まるで今日学校であった出来事を話すかのようなトーンで話を続ける。


「僕はまだ十歳だ。死ぬにはまだ早い。そう思わない?」

「そ、そうですね」

「いくら自分たちが生きたいからって年端もいかない子どもを犠牲にするなんて間違ってると思うんだよね。ね、ヒイロ」

「そ、そうですね」

「それとも、僕一人が犠牲になって皆を守ることの方がかっこいい選択肢だったかなぁ?でもそれだと僕だけが犠牲だなんて不平等だと思わない?ヒイロ」

「そ、そうですね」


口調は子どもでも、話してる内容はニュースのコメンテーターのようだ。確実に脳の作りが負けている緋彩にはお昼の視聴者ばりの返答しかできなかった。

内容だけではない。無邪気に話しているようでも、どこかで圧を感じる。否と言わせない圧が。





「ねぇヒイロ、僕は間違っていたかな?」





邪気いっぱいの無邪気さが、その瞳には宿っている。







いいね、ブックマークありがとうございます。

この時期は忙しくてなかなか更新が難しい…

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