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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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罪の意識

前に進む度、エリク国に近づく度、気温は下がっていく。まだ体力を削られるほどの寒さではないが、上着を着こまなければ震えてしまうくらいではあった。特に太陽が沈んでからは冷え込み、日本の真冬くらいの気温くらいまでは下がっていた。


「見張り交代するよ、ノア」


温かい茶を二人分手に抱えて、ローウェンがノアの背中に声を掛ける。ノアは一瞬そちらを見たが、ああ、と返事はしたものの、動こうとはしなかった。先日も緋彩の看病であまり寝ていないのだから、いくらノアであろうと少しはゆっくり寝た方がいいと思うのだが。

緋彩のことに関しても、なんだかんだ困っている人を放っておけないのも、この男は変なところ律儀だよな、なんて決して本人には言えないようなことを心の内で呟きながら、ローウェンは諦めたような溜息を一つ零してノアの隣に腰掛ける。




「ヒイロちゃん、どうしたのアレ」

「……何が」

「すっとぼける気?分かってるくせに」




しっかり眉間に皺を刻みながら平静を装うノアに、ローウェンは苦笑する。この男は意外と感情が顔に出るタイプである。というより皺に出るタイプである。

楽しんでいるとも取れるようなローウェンの態度に、ノアは暫くは答えようとはしなかったけれど、そのうち諦めたのか、眉を余計に寄せてぽつりと零し始めた。




「……別に、ちょっと俺が早まっただけだ」





正直にそう言うノアにローウェンは目を丸め、お、と興味を高まらせる。だが、揶揄っては詳細を言いそうにないと分かっているので、質問攻めしたい気持ちを抑えて、努めて冷静に相槌をうった。


「……………………へぇ…」


興味津々なものを抑え込むというのはとても難しい。ローウェンの頬がピクピクと動いているのをノアも分かってはいたが、話し出したものを止める気はないようだった。


「あいつが鈍感すぎるのが悪い」

「わぁ、人の所為」

「あいつの所為だろ」

「ヒイロちゃん、ずっと挙動不審だったよ?一体何したの」

「…………」


黙るノアに、ローウェンは急かさずに待つ。二人の雰囲気を見て大方予想はついているけれど、問題は本人たちが自身の気持ちに気付き、受け入れているかだ。他人にはどうしようもないが、吐露することで頭も心も整理することができればと思う。

その術を、この二人は知らないからローウェンは気苦労が絶えないのだ。







「俺は、」







乱暴な口調の中に混じる僅かな呵責。


最初のうちはローウェンには分からなかったけど、緋彩と話しているところをを耳にするたび、確かに感じていた。自分の性格でその後ろめたさを隠して、誰にも気付かれないようにしていることを。







「俺は、あいつにずっと罪悪感を抱いていた」

「罪悪感?」

「あいつを、不死にしてしまったから」







少しでも他人にそれを見せることが出来たのは、彼の成長なのではないだろうか。

責めることなく、急かすことなく、全て受け入れるように聞くローウェンのお陰でもあるだろうが、頑丈なヴェールを破るきっかけとなったのは、紛れもなく彼女だ。


「…何で?不死はそんなにいけないことだった?」

「そうじゃない。不老不死を求める者がいるくらい、それを魅力的に捉えることもできる。…だが、ヒイロは違ったから」

「死なない恐怖を、恐ろしい身体を、ヒイロちゃんは分かってる」


低く呻いたローウェンに、ノアは一言ああ、と頷いた。

死を恐れる人間にとって不死とは喜ばしいものなのか。死という恐怖を失うということは無敵だろうか。不死であろうがなかろうが、それを本当に理解している人間がこの世界にどれだけいるのか。

その中で緋彩は稀な人間だった。

不死になったと分かったその時から嘆くくらいの恐怖を知っていた。理解していた。経験などあるはずもないのに。




「望まない人間に不死なんて酷だろ」




ノアが一番分かっている。時の流れに置いて行かれ、世の理からはみ出し、それなのに苦痛や痛みからは逃れられない。

不死であるが故の恐怖を。


「じゃあノアはヒイロちゃんを死なせれば良かったと思うの?」

「あるいは、な。あいつが不死の恐怖を分かっている人間だと知っていれば、もしかしたらそうしたかもしれない」


本当だろうか。

ノアの声は揺るぎなかったが、横で眠る緋彩に流した視線は躊躇が滲む。多分ノアも、それは自覚していた。


「ヒイロちゃんには訊いたの?不死になった感想」

「んなもん、怖くて訊けるか」

「お、正直」


ノアの口からこんなにも簡単に『怖い』という言葉が発せられるとは思わなかった。向かうところ敵なしと言えるくらい完璧な彼が唯一後ろ向きなるのは、不老不死のことと、それからもう一つ、思い通りに行かない彼女のことだけだ。

むにゃむにゃと身動ぎした緋彩の夜具を整えてやりながら、ノアはそこから目を離さなくなる。ローウェンが声を掛ける前から今までずっと、意識はずっとそこにあるのだけれど。


どうしていいか分からないのに、手放したくもない面倒な感情がそうさせる。







「感想は……、怖くて訊けなかったけど、こいつには礼を言われた」







助けてくれてありがとう、と。


助けてよかったのか、不死にしてまで助ける必要があったのか、ずっと心の奥底に押し込めていたノアの迷いを、緋彩はそんなシンプルな言葉で晴れさせたのだ。

引き摺っていた後悔をたったそれだけで断ち切られるなんて、ノアは思っていなかったのだ。酷く負けた気がするし、その相手が緋彩だったのも気に入らない。


気に入らないのだ。


彼女を、手放せないと悟ってしまったのが。







「…お礼を言われたことで、何か不都合でも?」


こんなにも不本意な表情で礼を受けたという人間がいるとは、俄かには信じがたい。礼とは人を嫌な気持ちにはさせないとローウェンは認識していたのだが。

そうじゃないと首を振ったノアは、困ったように自分の顔を手で覆った。その指の隙間から見える紫紺の瞳は色濃く熱を帯びていた。






「その時のヒイロに腹が立って、」


「腹が立って?」


「どうにかしてやりたくて、」


「してやりたくて?」


「気が付いたら、」


「気が付いたら?」


「キスしてたわ」


「キ────…、え?」






珍しく弱気だし、随分落ち込んでいるのではないかと思っていたら、うっかりやっちまったわぐらいのテンションで言うノアにローウェンは思わず二度見をしてしまった。

二人の間に何か進展があったと予想はしていたものの、まさかそんなことになっていようとは思っていなかったのだ。良くてどちらかがどちらかに告白した、緋彩の反応からしてノアが緋彩に気持ちを打ち明けたか、それらしいアピールをしたくらいだと思っていた。

さすがはノア、相手の気持ちも確認する前にキスまで進んでしまうとは、それは緋彩もあんな態度になるわけだ。

今度はローウェンの方が頭を抱えたくなった。


「……あー……、えーっと、ノアさん?あんた恋愛初心者ですか?」

「仕方ねぇだろ。衝動だ」

「ノアはそうかもしれないけどさ、ヒイロちゃん明らかに動揺してたじゃん。可哀相に」

「あいつもあいつだろ。キスの一つや二つでそんな動揺することか。初めてってわけじゃあるまいし」

「まぁ、ヒイロちゃん可愛いし、今までに彼氏の一人や二人、キスする相手なんていたと思…、」

「……」

「……」


二人はほぼ同時にはた、と気が付いた。

あからさまに戸惑っている挙動、隠しきれない動揺、ノアとどう接していいか分からない態度。緋彩の反応を思い出して、嫌な予感が駆け巡る。


いや、そんなまさか。




そんなはずは。





「……………………そんなことないよね?ノア」

「……………………俺に訊くな」





二人して頭を抱えた。







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