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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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起きたら、

ひた、と額に冷たい温度を感じて、緋彩はゆっくりと瞼を持ち上げた。

目を開けてもあまり明るさが変わらなかったのは、外にはもう太陽は姿を消していたからだ。代わりに月と星が爛々と輝いてはいたけれど、小屋の中まではそれほど明るく照らしてはくれない。

それでも窓から降り注ぐ黄金色の月明かりの中、緋彩はただ一点、紫紺色に輝く景色を見つける。




「……ノアさん…」

「起こしたか?」




無感動な質問に、緋彩は無言で首を横に振る。彼の手はほんのり濡れていたのを見ると、緋彩の額にある手ぬぐいはノアが乗せたのだと理解した。

先程までそこにいたのはローウェンあったはずなのだが、いつの間に入れ替わったのか。頭がぼーっとして上手く思い出せない。自分が眠ってしまっていたことすら、目を覚ました今気が付いたのだ。


「私…」

「起き上がるな。少し熱がある」


ノアは身を起こそうとした緋彩の肩を押して、もう一度床に背中を付けさせる。不意に肌に触れた彼の手がとても冷たかったのは、桶に入った水を触っていたからだろうか。ノアが看病なんて似合わない。いつも不機嫌な眼差しを、呆れと心配に変えて落としてくるなんて、とても似合わない。熱を測るように首筋に触れる柔らかい手も、滲んだ汗を拭いてくれる丁寧な手つきも、水を飲めと命令口調の割に気遣った声色も、ノアじゃないみたいだ。


「ノアさん…」

「何だ」

「あなた、ノアさんですか…?」

「血を流し過ぎて頭おかしくなったのか痴女」

「あ、ノアさんだ」


久々に痴女なんて呼ばれた気がする。痴女だったのは最初だけで、今はもう何も痴女なんかじゃないんだけど。いや、最初から痴女ではない。あれは事故だ。

危うく不名誉なレッテルを受け入れそうになったが、懐かしく思ったのは本当だ。そういえば真っ裸での出会いだったなぁなんて思い出していると、緋彩はいつの間にかくすくすと笑っていた。


「何笑ってんだ」

「ふふっ…、いえ、思い出してみると私とノアさんの出会いって最悪だったなぁって」

「今更か」

「覚えてます?」

「薄っぺらい身体」

「忘れてください」


余計なことを思い出させてしまった。


「大体お前、あの時何で裸だったんだよ」

「身体洗ってたんですよ。血塗れだったから」

「…お前はいつも血塗れだな」


ノアは呆れたようにため息をつき、緋彩のすぐ横にゴロリと身体を横たえた。ともすれば身体が触れ合う距離、そう思っているのは緋彩だけだろうか。

手を後頭部で組んで、このまま眠るのかと思ったが、目は薄く開いている。紫紺の瞳は月明かりが反射して神秘的な色を見せていた。造り物のように、どこを見ても整っているパーツはこうして油断している表情でも画になる。







「恨んでいるか?」


「────…え?」







唐突に投げかけられた質問。

何処か宙を彷徨う視線が緋彩に向くことはなかったけれど、僅かに怯えがある声は確かにノアのものだ。彼のこんな声を今まで聞いたことがない。


こんなに、憶病な声。



「恨んでるって…、誰を?」

「俺」

「ノアさん?何でですか?」



そりゃあ腹の立つことは山と言うほど言われているが、恨んでいるなんて大袈裟すぎる。苛立つことも気に食わないことも、そこに恨みや憎しみを含めた覚えはない。

緋彩がぷんすか怒っていることがそんなに恨んでいるように見えたのか。

ノアはほんの少しだけ、瞼を半分落した目で緋彩を見る。とても冗談を言っているようには見えなく、寧ろ真剣に訊いているようだった。


彼を纏うのは、後悔と罪悪感。





「お前を不死にしたこと」





ずっとだ。


ノアはずっと負い目を感じていた。


傍若無人な彼がずっと。



緋彩はそれを知っていたし、だからこそ彼についてきた。

責任を取ってもらおうなんて思ったことはない。それどころか、緋彩はノアに不死にしてもらわなければ死んでいたのだ。

不死の恐怖を知っている彼が、どんな思いで緋彩に不死を渡したのか知っている。


必死だったのだ。


必死で、緋彩を助けてくれた。


名前も知らないあの時から、彼はずっと心ある人間だ。







「恨むわけないじゃないですか。助けてくれてありがとうございました」


「────…!」







半眼の瞳が紫紺の色がよく見えるくらいに見開かれ、そこに熱で色付きながらも微笑んだ緋彩の顔が映った。

驚きと、戸惑いと、形容しがたいざわついた感情を取り巻きながら。




「────…本気で…、そう思ってるのか?」

「はい?そう…ですけど、何でですか?」




緋彩は、未知の生命体でも目にしたようなノアの表情に首を傾げたが、ノアからそれの返答がくることはなかった。

それどころか、馬鹿じゃねぇのかと罵倒されたのだが、意味が分からない。


「何なんですかもう…。病人に酷い仕打ち」

「ふざけろよ。手厚い看病してやってるのは誰だと思ってる」

「そ、それはありがとうございますですけど、掛ける言葉も気遣ってもらえると完璧ですよ」

「何贅沢言ってんだ、ボケが」

「うわ、それですよそれ。いちいち悪態つかなくてもいいじゃないですか!」

「うっせぇな。夜だぞ、静かにしろ」

「誰の所為だと思ってるんですか。大体、そんなに大声出してるわけじゃ────…、」


上体を擡げて口を尖らせた緋彩に、煩い、とノアの手が伸びる。

白い細腕を一周するような大きな手は、易々と緋彩を引っ張り、引き寄せる。




「!」




何も理解できないまま、驚くことすら許されないまま、





緋彩の口は、彼のそれによって塞がれた。









「────────…」









口移しの為でもなく、人命救助の為でもないそれは、考えているよりずっと長い時間の接触で、





時が止まったとすら感じる。















空気の動きが再開されるのは、熱を帯びた唇が解放された時。





「────────…、ノア…さ……?」





それでも緋彩には何が起こったか理解できなくて、












「起きたら覚えてろって言っただろ」












目の前で世界遺産級の顔面が不敵な笑みを浮かべる意味が分からなかった。










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