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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第三章 暗躍する不老不死
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架空の万能薬

床で寝たって、防寒具がペラッペラのベッドシーツだって風邪一つひかない頑丈な身体に乾杯。

風邪でもひけばノアが自分の行いを反省するかもしれなかったのに。もう少し薄着で寝ればよかったか。

悪いところがあると言えば、硬い床の所為で身体はバキバキだということくらいだ。至る所の関節が軋む音がする。風呂でも入って身体を解したかったのに、それも叶わなかったのは緋彩が目を覚ました時にはもうノアが出発しようとしていたからだ。朝食を宿の外で取るのかと思いきや、もう宿をチェックアウトすると言うし、風呂どころか朝食を摂るのもままならないまま緋彩は顔だけ洗って飛び出してきた。お陰で昼近くとなった今、腹の虫が暴れまわっている。


「うるせぇ。黙らせろ」

「誰の所為だと思ってんですか。そう思うなら黙らせてみて下さいよ」


ぐうぐうと音を立てる緋彩の腹にノアは不満げだが、どうにか出来るものならどうにかしている。緋彩だって女子なのだ。腹の音など他人に聴かれて嬉しいものではない。


「お前が起きるのが遅いのが悪い」

「朝日が昇り始めた時間って遅いんですかね。何なら起こしてくれれば良かったじゃないですか。あわよくば置いていこうとしたでしょ」

「………」

「バレたかって顔、せめて私に見えないようにしてくれません?」


見せつけてくるようにこっちを見てくるんだが。

緋彩を煩わしくするノアの扱いにももう慣れた。生ごみを見るような目に心を痛めることもない。話しかけても無視されることもそういうものだと思えばどうってことない。寧ろノアが思わず反応したくなるような話題を考えることに楽しみを見い出している。


「ところで、これから早速アクア族を探しに行くんですか?」

「あ?」


ノアが反応する言葉の一つ、それがアクア族のことだ。ノアの家族は何人なのか、ノアは本当は何歳なのか、ノアの好きな食べ物は何なのか、ノアは小さい頃どんな子どもだったのか。全てガン無視されたのに、この話題だけは迷惑そうにしながらも返事をしてくれる。アクア族って何でアクア族っていう名前かという質問にも『ではお前は何故そんなに鬱陶しいんだ?』と考えさせられる返事を返してくれた。大きな進歩である。


「探しに行くと言っても、どこにいるか宛はないんですよね?情報収集します?私またスパイなった方がいいです?」

「近い」


何故かやる気満々の緋彩は腕まくりをしてノアに近寄ってくる。ノアは溢れ出る緋彩のやる気を平手で押し戻すと、朝も早くから疲れの滲む溜息をついた。


「この町に来た理由は、図書館に行く目的とは別にもう一つある。まずはそっちを片付ける」

「そっち?」


緋彩は、話しながら先へ進むノアに小走りでついていく。脚の長さが違いすぎるのでもう少し小股で歩いてほしい。

町の中心街を抜けながら聞いたノアの話は、キッカの町で噂される不穏な宗教団体のことだった。

キッカは元々神への信仰心が篤い町である。教会の数も多ければ、ミサも定期的に開かれている。それは人々の心の拠り所でもあるし、それによって町の治安は平和に保たれていると言ってもよい。人々が信ずるのはクレナ教という宗教で、そこで説かれている精神がこのような潤沢な平穏をもたらしているのだが、そこに最近それを脅かす派閥が現れたと言うのだ。どこから生まれたのかも分からず、得体も知れないその集団は自分たちをガンドラ教と名乗っている。表立って何か動きを示すことは今のところないようだが、噂によるとそいつらは陰で怪しい研究をしているということなのだ。


「怪しい研究…。何か戦隊モノの話にありそうな話ですね。身体を改造されたりするんですかね」

「何の話だ。薬だよ」

「薬?」


ノアはそう言うとポケットから小さな紙包みを指に挟んで取り出した。言われてみれば薬包紙にも見える。

それを緋彩の手のひらの上に落とすと、開けてみろ、と目線で言ってきた。緋彩は訳も分からず言われるがままにそれを慎重に開けると、中には少量の粉が入っている。


「えっ、これ、まさか、噂の、あの!」

「知ってるのか」

「麻薬ってやつですか!?えっ、ノアさん持ってて大丈夫ですか!?捕まりますよ!?」

「だから何の話だ。落ち着け」


ここは持っているだけで罪に問われる地球とは違うのだ。もしかしてこの世界ではそんな危ない物が横行していて、大人も子どもも携帯を持つのと同じくらい普及しているのかもしれない。全く喜ばしいことではないと思うのだが。そんなとんでもないカルチャーショックに緋彩が勝手に打ちひしがれている中でノアの話は続く。


「それは麻薬ではない」

「えっ…あ、そうですよね。そんなわけな」

「麻薬の方が余程マシな薬だ」

「へぇ、麻薬の方が…、…、……!?」


抑揚のないノアの言い方の所為で一瞬聞き流しそうになった。そんな危ない薬が今自分の目の前にある。しかも持っている。思わず手を引いて落としそうになった。


「それは表向きには万能薬と言われていて、効果も立証されている。どこにでも売っているわけじゃないが、手に入れようと思えば誰でも手に入れられる薬だよ」

「それのどこがそんなに悪い薬なんですか?」

「万能薬って、本当にあると思うか?」

「え?」


頭痛にも効く、腹痛にも効く、腰痛にも効く、高血圧にも効く、痛風にも効く、心疾患にも脳疾患にもその他内臓疾患にも全てに効く。その効果が認められていて、そんなものがあれば今頃苦しんでいる人達は、助からなかった命は、どれだけ減るのだろう。

万能という言葉が指すものがどこからどこまでを指すかということにもよるだろうが、恐らく地球ほど医療が発展していないこの世界では、そんな名前の薬があればみんなが飛びつくだろう。多少値が張っても、苦しいよりかはいい、痛いよりかはいい、早くこの辛さから解放されたいと思う人は少なくない。

需要と供給のバランスを保っていく中で、貴重なものの値段が上がるのはある意味仕方のないことだ。でなければその資源はすぐに底を尽きてしまう。ある程度の供給が確保されていくことで、世の中にもお買い求めしやすい価格となり、また普及していくのだ。

だが、この薬は違う。

万能薬と銘打つくらいの代物なのに、誰にでも手に入れやすい価格、入手ルートもそれほど限られたものでもないという。そんなものが作れるくらいの技術があるのなら、この世界はもっと医療が発展しているはずだ。そして、この薬ももっと広く知れ渡っていて、各ご家庭に一つは常備されているものとなっているはずなのに。





「この薬、どんな秘密があるんですか?」





広まるはずのものが広まらない。知っているはずなのに知らない振りをする。出来れば目に触れたくなくて、出来れば避けて通りたくて、多分、それに手を出すのは最終手段としてだけ。

そんなものには、理由がある。

世界を知らなくたって、これまで平凡に過ごしてきたって、緋彩でも分かった。いつもはノアの答えが待ち遠しいのに、この時ばかりは彼の答えが怖かった。

緋彩の手に広げられた粉に目線を落とす紫紺の瞳が酷く冷たくて、ろくな答えは返ってこないと思ったから。


「その薬、何でそんな色をしていると思う?」

「え、色…?」


緋彩は言われて改めて自分の手のひらの上の薬を眺める。薬包紙の中心に集まる粉は、白。薬としてはオーソドックスな色だと思うし、全てではないとは言え、日本の薬も白色が多い。特別不自然には思わなくて、ノアの意図が分からなかった。再び見上げた彼の目はまだ薬に注がれていて、そんなに見ると何か分かるのかと、緋彩はもう一度だけ目線を落とす。


やはり白。


何度見ても、白。


一旦瞬きしてドライアイを潤しても、白。





だが、


ノアの目線の位置、殆ど真上から見た時、


それは色を変えた。







「────…え…、これ…、」







その色を見た時、ノアに睨まれるよりも固く凍り付いた。










「これは、血の色だ」










赤よりも黒く、黒よりも赤い、


人には必要ものなのに、目したいとは思わないもの。







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