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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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目の当たりにした呪い

正直、ノアが追って来てくれるかは半信半疑だ。マジでめんどくさいと言っている顔と何で俺が、とはっきり言った。それでも緋彩が強硬手段に出たのは、何処かで彼が手を貸してくれるかもしれないと思ったからだ。

半分は緋彩が死ぬようなことになれば彼に影響が出るから。


もう半分は彼は心のない人間ではないから。


二度寝をするために閉じようとした目を、彼は男性の話でしっかりと開けきった。不機嫌なのに。面倒なのに。自分には関係ないのに。


横暴でも傍若無人でも意地悪でも、



彼は非情ではないと、分かっている。


















集落の真ん中、住宅もある道の途中に人だかりが出来ていた。人だかりと言っても、集落の人間たちが全員集まったくらいの人数なのだが、それでも問題の場所はあそこだと分かるくらい騒然としている。


「やめんか、お前たち!」


集まる人の中から、長老の声が響いていた。怒りは勿論、何処か悲しみと恐ろしさも感じる声色だった。


「お……、おじいちゃん!」

「おじいちゃん?」


長老を何と呼んでいいか分からなくて、咄嗟に見た目で呼んだ結果だったのだが、緋彩の唐突な声に一緒にいた男性も呼ばれた長老も一瞬状況を忘れてぽかんとしていた。おじいちゃんはまずかったか。せめてご長老、とか敬った言い方をするべきだったのか。

迷っているうちに緋彩は渦中に飛び込み、長老の横で膝に手を付いて息をつく。日頃の運動不足が祟ってちょっと走っただけでこれだ。

長老は緋彩がここに来たことに驚いているようだった。


「来てくれたのか…」

「はぁっ、はぁっ…、驚くくらいなら呼ばないでくださいよ。物騒な話聞いて放っておけるわけないでしょう」

「い、いや…、駄目元で呼んだんだ。本当に来てくれるとは」

「そんなに薄情に見えますか、私。乗っかかった船です。難破しようとしているのを黙って見過ごすなんてしませんよ」


どうせもう無関係ではいられないのだ。知らぬ存ぜぬでも通せない。全てとは言わなくても、目に映るものくらいはちゃんと認知したい。

長老が緋彩だけなのかと周りを見回していたので、ノアは後から来るとはっきりと言ってやった。この場に必要なのは、暴走する二人を止める力と、呪いを解呪する血だ。





「ひとまず、私が」





大人しくノアを待っているわけにもいかない。

囲まれる面を外した男性二人は、すでに互いの顔がボコボコになるまで殴り合っていた。出血は勿論、指のいくつかは変な方向に曲がっているし、歯も折れている。鼻も多分折れているし、見えない怪我をいくつも負っているだろう。それでも二人は殴り合いを止めなかった。二人に自我などもうない。ただただ、本能と呪いのままにぶつかり合っている。どちらかの意識がなくなるまで、いや、命がなくなるまで続ける気だ。

ここに刃物がなかったのが唯一の幸いか。恐らく剣を手にしようものなら、もっと悲惨なことになっているだろう。


そんな中に飛び込むのか。

自分の倍くらいはある男性二人の殴り合いの最中に、力など到底及ばぬ緋彩が飛び込んでどうなるのか。勢いでここまで来たものの、解決策など何も考えていなかったことに今更気が付いた。

したり顔で一歩前には出たが、次の一歩を踏み出すのに躊躇している。恐怖に感じるのは、あそこに飛び込んで痛い思いをすることになるかもしないということもだが、そうなった時に確実にブチ切れる誰かがいるからだ。単細胞だと罵られる自信がある。



どうする。


どうする。



こうしている間にも、殴り合う二人は一つ二つと怪我が増え、少しずつ命を削っていく。顔を殴り、腹を殴り、頭を殴れば人の力でも充分致命傷になる。

緋彩は、網膜に焼け付くような光景を瞬きもせずに凝視した。


あれが、呪いだ。


本人たちには理解しようのない理を侵した結果だ。







何が、


呪いか








誰も悪くないのに、

何も悪くないのに、


関係のない未来まで巻き込むなんてふざけてる。



「…命を軽んじるな」



誰にも聞こえないほど小さく、低く呟いて、緋彩は両手の手首を歯でガリッと噛んだ。




「な、何を…っ」




長老を含む住人らは、一歩一歩男性らに近づいていく緋彩の背中を不安な様子で見守った。

細い肩、狭い背中、小柄で華奢な身体。猛犬に挑むチワワのような体格差で一体何をしようというのか。

けれど、誰も無茶だとは思っていなかった。どう見たって緋彩の方が分が悪いのは目に見えているのに、誰も敵わないとは思わなかったのだ。


ゆっくりと、


けれど真っ直ぐ、しっかりと歩く彼女の背中が




とても強く、美しかったから。










「ヒイロ、危な────…!」










二人の男性の意識が割り込んできた緋彩に注がれ、同時に邪魔を排除しようとする殺意が芽生える。やばいと感じた長老は無意識に見惚れていた緋彩の背中からはっと意識を取り戻し、声を上げた。だが、その時にはもう緋彩はもう男性たちの間合いで、それなのに彼女は微塵も臆する様子を見せることもなく、瞳に強い光を携えたままだった。


ブンッ、と振られた右の男の腕が緋彩の顔面を狙って放たれる。



「ふぉっ!?」



反射的に身を屈めると、僅か数センチ、男の渾身のパンチは緋彩の頭のすぐ上を掠めた。だがすぐに、今度は左の男の腕が同じように降りかかってくる。



「へいぃっ!?」



屈んでしまった身体でこれ以上どう避けるかというと、今度は上体を反らすしかない。出来損ないのブリッジのような格好でまた男の攻撃を避けた緋彩に、観衆からは拍手が沸き起こった。見世物じゃないんだが。

それはそうと、これをこのまま避け続けるには無理がある。今の二発を避け切ったのは偶然、奇跡とも言えるくらいだ。どうにか手首から出した血を二人に飲ませれば、この危なすぎる喧嘩は止まるはずだ。しかし、後先考えずに飛び込んできたので、どう飲ませるかまでは考えていなかった。そういうところが緋彩の悪い癖だといつもノアに怒られているのに、脊髄反射の反応はなかなかに治らない。

やってしまったことを後悔するのは後ででいい。今は真っ先に考えるべきことを考えなければならないのだ。


「ひゃいっ!」


スライディングキックの攻撃にはジャンプして躱す。まだ避ける術はある。


何とか。


何とか、この血を────…。












その時だった。
















「ヒイロ!」
















後悔も緊張も、解き放たれるような声が晴天の空に広がった。












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