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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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蓄積したもの

ノアの肩には、知った重さが乗っている。

小さな頭と繊維のように細い髪。伏せた睫毛が自然なカールを描き、時々風が撫でていく。規則正しい寝息と、むにゃむにゃと言葉にならない寝言が漏れていたが、穏やかな寝顔は悪夢を見ていないのだと分かるので良しとする。

知らぬ間に寝てしまった緋彩を地面に転がすでもなく、重いと不機嫌になるわけでもなく、ノアはただ黙って小さな顔を眺めていた。煩いくらいにコロコロと変わる表情は眠っている時だけ静かで、そのギャップに何だか落ち着かなくなる。この目が開いたら、また同じように百面相をしてくれるのか、その瞳の光はまだ消えていないのか。


ルーク国でのアラムとの一件があってから、緋彩があまり深く眠れていないのは分かっていた。本人に自覚はないのだろうけれど、不安なのだろう。アクア族の遺跡でのことや、龍と話せてしまったこと、今までに積み重なってきた少しずつの違和感が、緋彩の血を飲んだアラムの反応で膨れ上がったのだ。自分は一体何者なのか、表には出さない気持ち悪い感覚がずっと引っかかっていて、最近の緋彩の笑顔は何処かぎこちない。

その不安は、今回のこの一件でまた跳ね上がっただろう。


『私は本当にアクア族で、逃亡者で、この集落の人達に呪いを与えてしまったんですかね』


ああ言った緋彩の目には、寸分も休まらないと言った恐怖を潜ませていた。





「……怖いなら怖いって言えよ」





風で靡いた髪の毛を耳にかけてやりながら、ノアは無自覚のうちにそう呟いていた。

もっと、この少女の弱さが見たいと、そう思ったから。









「んぅ…、…ノア、さ…」

「!」


起こしてしまったか、とノアは慌てて手を引っ込めたが、緋彩の目は開く気配がない。寝言か、とほっと息をつくと、緋彩はまだ何か言いたそうに喉の奥で呻いた。傾けていただけの頭は、いつの間にかノアの肩に頬を摺り寄せるようにくっつき、何を寝ぼけているのか、腕にひしっとしがみついてくる。


「ちょ…、ヒイロ…」

「んん…ノアさん…」


幸せそうに顔を綻ばせ、対して腕は血が止まるかと思うくらいの力がある。この細腕の何処にそんな力があるのかは不明だが、ノアでも少し痛いと感じるほどだ。


「こらヒイロ、ちょっと緩めろ…」

「んんー!」

「痛ぇ」


本当は起きてるんじゃあるまいなと思う。抱き着いてくる腕から逃れようとすれば、離すまじとさらなる力がこもる。一体どんな夢を見ているのか、さっきから呟くのはノアの名前ばかりだ。

嬉しそうに、愛おしそうに、とてもとても離れがたいものを呼ぶように。





「ノアさん」





熱っぽい、ぷくりと膨らんだ唇から甘美な声が漏れる度、鬱陶しさだった感情が別のものに変わっていくのを感じる。

変わってほしくなどない。面倒でも、苦痛でも、鬱陶しさの方が余程いい。




そんな声で、表情で、名前を呼ぶな。




そう睨むのに、彼女には何も伝わっていなくて、言葉にならぬ呟きが徐々にはっきりとしてくる。

何を言うのか、何を訴えるのか、ノアが出てくる夢に、そんな幸せそうな寝顔になる要素があるのか。何だか気になってきて、ノアは緋彩の寝言に耳を傾けた。



何かを言いたそうに動く唇。


熱を帯びた声が、


言葉を紡ぐ、













「おすわり」


「………………はったおすぞ」













ピキ、とノアのこめかみに青筋が浮かんだ。

満を持して零れ出たものがこれか。何を期待したわけでもないけど、とりあえずふざけんな。


その後も、ノアさんが犬になってるー!、だとか、可愛い犬ノアさん、だとか楽しそう声が弾けていたので、どうやらノアが犬になっている夢でも見ているのだろう。一体何がどうなったらそんな夢を見るのかは分からないが、『お手』『おかわり』『伏せ』ととにかく嬉しそうだった。現実とは逆転した立場に優越感を感じているらしい。

ふふふ、と気味の悪い笑みを浮かべている緋彩にデコピンを一発食らわせてから、ノアは諦めたような盛大な溜息をついた。そして彼女の脇と膝の裏に手を通し、荷物でも持つように緋彩の身体を抱え上げた。







「起きたら覚えてろよ」







そう呟きながら室内に運んでいった。











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