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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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一閃

ちょっと待ってほしい。


情報が手に入ることは喜ぶべきことだけれど、その量が多すぎて理解が追いつかない。一つ疑うと全て疑わしくなるし、一つ信じると全て信じなければならないような気がする。嘘も真実もその中間のものも、混ざりすぎていて必要な物だけを掬い上げることができない。


「な、んで…、私の家にアクア族のものが?」

「そこまでは分からん。ただ、俺の魔法が成功だったにしろ失敗だったにしろ、お前は何かしらアクア族と関わっているということだ」


ノアの魔法が成功だったのなら緋彩はアクア族だということであるし、失敗だったらアクア族の鏡が喚び出されたことで緋彩との関わりを繋げてしまう。いずれにせよ逃れられない結果となるのだ。

腑に落ちない点はまだあるようで、ノアはそういえば、と続けた。


「不死をお前に渡した時、全く拒否反応が出なかったのも今思えばおかしかったんだ。普通の人間はそう簡単に不老不死の魔法に耐えきれる身体には作られていない」

「え、待って。それなのにノアさんは私に不死を渡したんですか!?殺す気ですか!?」

「死ぬよりマシだろう。拒否反応は暫く続くが、馴染めばどうということはない」


ノアが馴染まなかったら死ぬけどな、とぼそりと呟いたのを緋彩は聞き逃さない。一か八かだったなんて知りたくなかった。


「だからノアさんは何でいつもいつもそう言葉が足りないんですか。だから周りに怖い人だと勘違いされるんじゃないですか。意外と他人のことよく考えてるくせに。人間関係、コミュニケーションが大事ですよコミュニケーション!」

「お前は逆に何でも口に出し過ぎだけどな。考えなしに動く癖どうにかしろ、トラブル女」

「私だっていろいろ考えてますよ!でもいつもあらぬ方向に事が進むから仕方な」

「はいはいはいはい、お二人さん。仲良いことは大変結構ですが、あちらもそろそろ痺れを切らす頃みたいだよ」


ローウェンは白熱しそうだった口喧嘩を遮り、目線で扉の外、集まった住人達を指した。松明の火を掲げ、何十もの熱した目をこちらへ一心に向けている。その熱視線が何を求めているのか分からない。何を訴えているのか分からない。少なくとも好意でないのは明らかだ。

ノアと話しているとすっかり外の存在を忘れていて、緋彩はさっと彼の後ろに身を隠す。刺すような視線は忘れていたくらい気にならなくはなったけれど、やはり意識するとそれはそれで怖い。

ノアは怖ぇんなら最初から出てくんなと悪態をつきながらも、緋彩の肩にかかっている自分の上着を引き上げて頭から被せた。

じりじりと近寄ってくる住人達は、もうすぐそこまで来ていた。強行突破してくるのも時間の問題だ。

どうするか、とノアとローウェンが目配せをしていると、先に長老の方から口を開く。


「どうしても出てこぬと申すか」


先程まではどうにか押し込めていた感情が、沸々と込み上げてきている。長老の声には怒気と焦りが含まれてきていた。ここからの交渉は慎重にいかねば、ほんのちょっとした発言が導火線に火をつけることになりかねない。ローウェンの交渉術にかかっている、と緋彩とノアの期待の目に、僕?!とローウェンは困惑の表情で自分を指さした。緋彩は問題外、ノアは相手の神経を逆撫でするのがオチだから、ここはローウェンが適任である。


ローウェンはんなこと言われても、と頭を掻きながら、どうにか話を引き延ばそうとした。


「出て行かないとは言ってないよ。だけど、そんなに大勢で来られたらこっちもびっくりするからさ、ちょっと人数を減らして…」

「出てこぬと言うのなら、こちらにも考えがある」

「話聞いて!?」


最初から交渉の余地などなかった。長老はローウェンの言葉など全く耳を貸さず、周りを取り囲む住人らに何かを目線で指示する。

すると、何人かの住人は集団からはみ出し、前へ躍り出た。ザッザッ、と気持ちが悪いくらいに足並みを揃え、手を伸ばせば触れるくらいの位置で小屋を取り囲んだのだ。




その人たちの手には皆、松明が握られている。




「…っ!…まさか!!」

「え?何…、わふっ!?」

「ボケっとしてんな!」


はっとしたノアとローウェンは咄嗟に壁から身を離した。緋彩はノアに簀巻きにされて抱え上げられる。

緋彩には一体何が何だか分からぬ間に、小屋には何かがぶつかった音が何回も響いた。まさかノックではないだろう。そんな礼儀を知っているならこんな夜更けに訪問などしてこない。




それが何の音か理解する前に、小屋は一瞬にして熱気に包まれた。







「…っ!火が…!」







これにはさすがの緋彩も何が起こったか分かった。

小屋に火をつけられたのだ。音から判断して投げつけられた松明は十数個。渇いた木で出来た小屋と渇いた空気の所為で、火を炎に成長させるのに時間を要さなかった。数分も経たぬうちに壁には近寄れなくなり、小屋の中の空気はサウナのようになる。息をするだけで喉が悲鳴を上げた。


「げほっごほっごほっ…っ」

「出来るだけ姿勢低くしてろ」

「ノアさ…、何を…っ」


ノアは緋彩を地面に下ろし、伏せさせるように背中を押すと、自分は立って剣を抜き身にする。外から侵入してきた火が刃に反射し、まるで剣が燃えているようだ。

そして、もう一度緋彩に伏せてろよと念押しすると、体勢を低く構える。






「ノ────…、」






たった二文字の名前を呼び終わることも出来ずに、緋彩の頭上を疾風のごとき風が通り過ぎた。

何の前触れもなく、音も全て吹き飛ばされたかのように一瞬の静寂が張り詰める。


それはまるで居合。

空気を両断する刹那の一太刀。


それは、そう思わせるほどに神秘染みた瞬間だった。


コンマ数秒のその出来事が数分にも及んだように感じるのは、緋彩がノアから目を離さなかったから。剣を振り抜くその瞬間、揺れる白銀の髪の隙間から見えた紫紺に光る瞳、熱気で微かに滲む汗、剣を握りしめる手の筋、服の下の筋肉の動き。自分の動体視力どうなってんだと思うほどいろんなものが視界に飛び込んできて、思わず見とれてしまった。

そういえばこんなに近くで彼が剣を振るっているのを見るのは初めてだ。


単純に、美しいと思った。


刃物を扱う姿が美しいなんて、危険な人物だとしか思えない。

けれど頭というよりも身体で感じた感情は、自分ではどうしようもなかった。





まるでそれが、緋彩に纏わりつく視線を断ち切ってくれたようだったなんて。







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