あの日の偶然
片鱗はあった。
法玉を探し当てたり、アクア族の文字が読めたり、龍と意思を交わせたり。
偶然だと言い切るにはあまりにも不自然で、見ない振りも気にしないことももうできない。
この世界の人間ではないからという理由で全ての違和感を覆っていたのかもしれない。
緋彩は何処かでアクア族と関わっている。
「うぅ…、…頭が…、痛い…」
緋彩は呻いて頭を抱える。突如増えた情報量に脳の容量がパンクしそうだという意味でもあるが、物理的に頭痛が酷いのだ。座っていても身体を真っ直ぐ支えきれない。
やむを得ず隣のノアの背中にしなだれかかると、重いと文句を言いながらも動かずにいてくれた。
「それで、ヒイロちゃんの話、今の状況とどう関連が?」
敢えてこの状況で掘り下げたのなら何か意味があるのだろうと、ローウェンはノアに目線だけを移す。二人とも身体はいつでも戦闘態勢だ。
ノアは緋彩の重みに動かずにはいたが、さすがにこのままではすぐに動けない。一旦緋彩を壁に凭れかからせ、ローウェンの視線に応えた。
「ここの呪いの話、エリク国からの逃亡者が関わってただろ」
「あ、あぁ…。その逃亡者の子孫が呪いにかかってるって。ここに住む者はその子孫である可能性が高いから面を被ってるんでしょ」
「…その逃亡者がアクア族だったらどうだ?」
「!」
ノアの低い声に、ローウェンは息を呑む。頭痛に呻く緋彩も思わず目線を上げた。
「逃亡者が…アクア族?」
「マナの情報から、エリク国にアクア族が住んでいたことは分かっている。それが昔からのことだとして、何らかの理由でエリク国から逃げてきたのだとしたら、可能性は大いにありうるだろ」
「で、でも、そうしたら呪いにかかっているっていう人達…、ここに住んでいる人たちはアクア族の血を引いているってこと!?」
「あくまで仮定の話だ。だが可能性はゼロじゃない。もしかしたら不老不死の魔法は施されてなくて、自覚がない人間ばかりかもな」
ノアの推測は大袈裟な話じゃない。こんな中途半端な土地に集落があること自体が不自然だったのだ。エリク国と距離はあっても、隣同士という関係はそれなりに意味があったのだろう。
そしてノアはそれだけじゃないと、尚も話を続ける。
「ヒイロが見た夢の話、その逃亡者のことで、ヒイロがその逃亡者…アクア族の血縁だとしたら?」
「────…!」
自分で言っておきながら、ノアはそんな仮定の話に厳しい表情を滲ませていた。
確証なんて何処にもない。
けれど、可能性は捨てきれない。
それどころか、そう思ったが最後、思考はどんどんそちらに引き込まれていく。
「そんな、ことが…」
ローウェンもあり得ないと呟きながらも、今までの違和感が繋がっていく感覚を受けていた。
普通に考えたらあり得ないことなのだ。なんせ緋彩はアクア族どころかこの世界の人間ではない。何の偶然か、ノアの魔法が失敗したばかりにこちらに喚びだされ、何かの偶然で不死を与えられた。
────…本当に、偶然ばかりだっただろうか。
「まっ…待って、くださ…!私が!?アクア族…っ…、ったぁ…」
「じっとしてろ、馬鹿」
緋彩は驚きの余り身を乗り出すようにしてノアを掴むと、頭痛が酷くなって頭を押さえる。傾きかけた緋彩の身体を再び壁側に戻し、ノアは動くなと改めて言った。
「仮定の話だっつってんだろ、落ち着け。…ただ、そう考えると合点がいくことが多い。夢の話もそうだが、龍との意思疎通、それからお前がこっちに来た時のこと」
「こっちに来た時?それはノアさんのへっぽこ魔法の所為…あ痛っ!?」
頭が痛いって言ってんのにこめかみを抉らないでほしい。
「俺は魔法でアクア族を喚び出した。魔法は失敗に終わったと思っていたんだ。実際に喚び出されたのはお前とでかい鏡だった」
「だから失敗だったんじゃないですか?失敗して一族の所有物だった鏡を喚び出しちゃったってこと…あ…、」
言いながら、緋彩は途中で気が付いた。
あの鏡は、確かに緋彩の家にあったものだ。雨野家にずっと受け継がれている物だと親からは聞いている。
「あの鏡が、アクア族のものだった……?」
あくまで仮定の話だ。
だが、その仮定はいつまで仮定であり続けることができるだろうか。