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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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持ち主不明の記憶

現実ではない何か。


夢ではない何か。



それが緋彩の中にある何かだということは薄々分かっていた。



だってこんなにも鮮明に、こんなにも苦しく、こんなにも纏わりついてくるのだ。

自分自身の経験ではなく、自分の中にいる自分が間接的に経験しているような、そんな不思議な感覚。肌で感じたものよりも、その時の気持ちがより鮮明に残っている。







「私は、何かから追いかけられていました。逃げろと言われて、希望を託されて、遠く、誰も知らない地へ、とにかく逃げて生き延びろと」


本当はこんな風に夢の話を悠長にしている状況ではないのだろう。けれどノアは黙って聞いてくれている。ローウェンも外の様子を窺いながら耳だけ緋彩の声に傾けている。今必要な情報だと思ったからだ。


「頼れる人なんて誰もいなかった。助けてくれる人なんて誰もいなかった。でも責任があったから、私はただただ、そこから離れることだけを考えて逃げ続けました」


緋彩は思い出すように眉を顰めて目を瞑る。ズキズキと脳に脈打っているような痛みが刺すけれど、多分今これを思い出さなければいけないような気がしていた。

視線と殺気の中で、やはり頭の中の誰かが逃げろと言っている。


「気持ちは止まりたいのに、頭が勝手に身体に動けと指示を出す。…気が付いたら私は見たこともない地へ足を踏み入れていました」


逃げて、逃げて、逃げて、辿り着いた先は暗闇だった。太陽もあって、光もあったのに、何も見えなかった。視力を失ったわけではない。なのに何も見えなかった。

だって景色がまるで違うのだ。人も動物も植物も、建物も地面も空も空気も、全部。

音が分からなかった。聴力を失ったわけではない。なのに何も分からなかった。

だって言葉が分からないのだ。確かに人が喋っている言葉なのに、獣の鳴き声のようにしか聞こえない。






そこは、何も知らない暗闇だった。






「私は怖くて、逃げ出したかった。元の場所に戻りたかった。幸せで、居心地が良くて、恵まれたところへ」


いつの間にかノアが握ってくれていた手が震え始めていた。その時の恐怖を身体が思い出したのだろうか。藻掻いても藻掻いても一向に抜け出せない暗闇の恐怖を。


先が見えない未来は絶望でしかない。希望を託されたのに、それを抱えたままの身体は失望しかない。何で、自分にはこんなに力がないのだろうかと悔やんだ。力が欲しいとも願った。それを手に入れる術など何もなかったけれど。


「…結局私は、逃げることも止まることも出来ず、ゆっくりでもいいからと前に進むことにしました。生きなければならない、と何処かで思っていたんだと思います。誰かから言われてたからかもしれません。それだけはやり遂げようと、せめて出来ることだけは努力しようと。…その時にはもう託された希望が何かも覚えてなかったけれど」


だから、それが正解だったのかは分からない。

でもこうして思い出すものが全て恐怖でしかないのなら、緋彩は何処かで間違っていたのかもしれない。



何処かで、命を絶ってしまった方が













「ヒイロ」













もう一度、


緋彩が緋彩自身を取り戻す声が鼓膜を揺らした。



手の震えを抑えるようにして握られていた力が緩み、代わりにその体温は頬に移る。






「泣くなよ」


「────…え?」






彼の親指は、緋彩の瞳から零れ落ちたものをすっと掬った。


でもこれはきっと、緋彩のものじゃなくて、緋彩の中の、






「泣いて、なんか…」

「泣いてんだろ、ほら」


ノアは勝ち誇ったように、掬った涙を緋彩の目の前に見せつけてくる。まさかそのために涙を拭ってくれたのか。優しさとかではなく、揶揄う為に。

今のは涙を流す少女に優しく寄り添ってやる雰囲気ではなかったのか。


「…………雰囲気ぶち壊し野郎」

「何だと?」


ぼそりと呟いた声はしっかりノアに届いてしまったようだ。まだ頭が痛いというのにこめかみをグリグリされた。

だがお陰で現実と夢の境界線がはっきりした気がする。

緋彩と、緋彩ではない何かの境界線が。

きっとこの涙は、緋彩ではない何かが流した涙。恐怖に打ち勝てなくて、力がないと悔いて、それでも必死に前を向いた誰か。


「で、それがただの夢じゃないって?」


ぶち壊した雰囲気のついでに、ノアは話を現実に引き戻す。

問題は緋彩が見た追いかけられた夢と今感じている恐ろしい視線、その関連性だ。どちらも、同じ恐怖を感じている。

緋彩は強く頷き、目尻に溜まった涙を袖で拭った。


「夢というより、どちらかというと記憶に近いんです。遠い昔の、忘れていた記憶を思い出したような…」

「記憶?お前の幼いころのものじゃなくてか?」

「違うと思います。追いかけられていた私はもう大人でしたし、寧ろ今よりずっと年上で…」


その自分は、その時はすごく震えていて、泣いていたけれど、笑えばきっとすごく笑顔が似合う人で。手を伸ばした指先が助けを求めるものじゃなかったのなら、それはきっと金に光る存在の為だったのだろう。

そう思い出した瞬間、唐突に思い出した。以前もこの人を見たことがあると。




「────…あ…」




あれは確か、

今と同じように頭痛の中で見た夢で、

自分が自分か曖昧になった時。








「アクア族の遺跡、」








あの人だ、と零れた声に、ノアとローウェンは表情を険しくさせる。


「アクア族の遺跡って…、お前がおかしくなってたあの時のことか?」

「おかしくはなったつもりはないですけど、まぁ、その時です。あの時も私、夢を見たんですけど、その時出てきた人とさっき言った追いかけられていた人、同じだったような気がします」

「じゃあその人はアクア族に関係が深い人なのかな?」

「…いえ…、というより、」




あの人が手を伸ばしていたのは、




龍だった








「アクア族」








緋彩が見た夢がもし記憶だとしたのなら、


何故緋彩にアクア族の記憶があるのか。








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