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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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見透かす目

「住人?」


何事かと緋彩は前を塞ぐノアの腕を避けて外を窺おうとする。すぐに、顔出すなと首根っこを掴まえられたが。

だが何故住人がこんな夜にここにいるのか。しかもノアとローウェンによれば一人や二人どころの話じゃないという。小屋を囲むように十数人、恐らくこの集落の過半数がいるのではないかということだった。

一体何の用なのか。集団で押しかけてくるということはそうする理由があるのか。ノアやローウェンから感じる緊張感は緋彩達の歓迎会を開いてくれる雰囲気には思えない。だって、二人とも剣を構えているのだ。


「た…、戦うんですか?」

「あっちがその気ならな」

「相手はただの村人ですよ?」

「関係ない。それに、ただの村人があんな殺気で、あんな目つきで睨んでくるかよ」


言われて隙間から見える扉の外に目を凝らせば、何十ともいう赤い目がこちらを見ていた。その赤は、手に持つ松明に揺らめいて染まっているだけかもしれないが、まるで血の色のようでゾッと背筋に冷たいものが走った。

恐ろしかったのはそれだけじゃない。こちらを見るその目が全て緋彩を見ているようだったのだ。そんなことこんな狭い視界だけじゃ分かりようのないことなのに、妙な確信がある。

この集落に来た時の嫌な視線。全身に纏わりつくような、全方位からくまなく監視されているような、決して興味や関心というものではない視線。


気持ちが悪い、と直感で感じる視線だ。


「…っ、」


緋彩は両腕を抱え、扉の隙間からサッと目を逸らした。見ていられない。あれを見ていると鳥肌が止まらない。

ノアの後ろに隠れるように丸くなり、彼が横にいることを確かめるように手のひらで広い背中に触れた。


「ヒイ────…、」

「客人方、起きているなら出てきてはもらえぬだろうか!」


ノアが背中で震える緋彩に何かを言いかけた時、外の住人が声を上げる。この声は長老だ。

ノアとローウェンは互いに目配せし、ローウェンの方がそっと扉の傍らに膝をついた。何をされるか分からないこの状況で、まだ素直に外に出ていくつもりはなく、ローウェンはそこから外に大きめの声で返事をした。


「こんな夜更けに何の用?僕たち疲れて眠いんだ。明日にしてもらえないかな?」


ローウェンの返事を聞いて、住人達の僅かに苛立った雰囲気が立ち込める。どうやら寝込みを襲うはずが、緋彩達が起きていたのが予想外だったようだ。長老が声を掛けたのは確認で、返事がなかったらそのまま突撃する予定だったのだろう。

だがさすがに起きていた時の事態も考えていたようで、長老は大した動揺を見せずすぐに声が返ってきた。


「悪いが、明日では遅い。おぬしらに相談がある。茶を用意したから、顔を見せて話そうではないか」

「さっきまで食事は用意できないと言っておきながら、随分と調子がいいね。突然来た旅人に相談?一体どんだけ切羽詰まったら会ったばかりの客人に相談しようっていう結論になるわけ?」

「おぬしらには私たちと近しい存在と見た。おぬしらなら私たちのことを分かってくれるだろう!」


近しい?とノアもローウェンも眉根を寄せる。一体どこを見てそう思ったのだろうか。名前もどこから来たのかも明かしていない旅人と近しいと思った根拠はどこにあるのか。相談とやらをするための無理矢理なコミュニケーションなのだとしたらあまりに乱暴すぎる。もう少しまともな距離の詰め方はなかったのか。


「誰と誰が近しいって?悪いけど僕らは微塵もそんなこと感じてないよ」

「その詳しい理由を今から話す」

「あー、全く興味ないね。仮に君たちと僕たちが何かの繋がりがあったところでそれが何?」


小屋を貸してもらっておいてこう言うのもなんだが、突然思いついたように明かされた繋がりなど胡散臭いことこの上ない。それが本当だとしても、この向けられる殺気と態度はとても噛み合わない。

何を言っても出てくる気配のないこと、上辺だけの親しみを取り繕っても絆されないことを悟ったのか、長老の声は止み、緋彩達と交渉することを断念したようだった。

だが目的を諦めたわけではなく、小屋を囲む気配はなくならない。寧ろ強まった気すらする。人が増えたのか、殺気が強まったのか。

突き刺さってくるような張り詰めた空気に、緋彩は顔を上げられなくなっていた。視界を上げればきっと誰かと目が合う。目が合った誰かに殺される。そんな気がしてならなかったのだ。





「ノアさ…、私…、」


「────…」





人には敏感なのに自分には疎い緋彩。頭の作りが弱く、そのくせ芯は固く、譲れない意思が確かにある。それはいつでも自分ではない誰かのことの為で、自分のことを忘れてしまう。そんな彼女が何かを訴えるのは、自分では打ち勝てない恐怖に直面した時。







「ヒイロ」







この緊迫した空気の中に、妙に穏やかで落ち着いた声が落ちてくる。たった三文字、名前を呼ばれただけだったのに切れそうだったピンと張った糸が、すっと緩んだ。

あれだけ固まっていた身体から力が抜け、もう上げられないと思っていた顔が簡単に持ち上がる。


そこに、絶対にいつもの顔があると分かっていたから。





「何が怖い?」





ただの疑問、それとも何ビビってんだという煽りか。ノアだったら後者の可能性の方が高いけれど、暗闇に浮かぶ表情はただただ純粋に緋彩を落ち着かせるためだけのようにも感じる。優しく頬に触れる手とか、いいからこっちを見ろと言っている高圧的な目とか、緋彩だけに向けられた声とか、心配してくれていると勝手に勘違いしてしまうじゃないか。

そんなはずないのに。


「…わ…かりません…。この集落に来た時からずっと…、ずっと誰かに見られているような、追いかけられているような…。何が怖いかって訊かれたら、明確には答えられないんですが、きっと私はあの人たちの目が怖いんです」

「目?」

「視線、目つき、瞳の色。…どれも見るだけで心臓が磨り潰されるような気分になります…」


本当に見られているわけでもない。目が合うわけでもない。それなのに視線を感じると言うのはただの自意識過剰なのか。

常に後ろにいる気がして、長く目を瞑っておけない。一瞬でも気を抜けば捕まりそうだから。

勝手に震える肩を竦めて、緋彩は抱えた膝に顔を埋める。元々華奢な身体がより小さくなってしまったかのようだった。


「ヒイロ、お前この間誰かに追いかけられる夢を見たって言ってたよな?」

「…、はい」

「それと何か関係がありそうなのか?」

「…………」


言いながらノアは緋彩の肩に自分の上着を掛ける。

誰にも見えないよう、隠すかのように。


そのお陰だろうか。

緋彩の騒いでいた気は段々と凪いできたようにも感じる。暫く緋彩が着ているのに、まだなお彼の香りが残る上着。この人に守られていると勝手に感じる。怖くても大丈夫だと感じる。



追われて、追われて、追われて、


逃げた先が暗闇でも、


きっとその暗闇から彼の手が救い出してくれると思ってる。







「……あの夢、ただの夢じゃない」







震える手で彼の上着を握りしめて、唇を噛んで、


それでも顔を上げる。










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