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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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腹の音が響く夜

とにかく小屋にも小屋の周りにも何もないので、食事は火を使わないパンや干し肉など、簡素なものを食べた。疲労した身体には些か足りなかったけれど仕方がない。ルーク国に来るまでの食糧難に比べたら全然マシだ。頭ではそう言い聞かせているのだが、身体は正直で。




くぅぅぅぅぅぅぅ、と空気が抜けるような音が静かな夜に響く。




「…………」




虫も動物もいない荒涼の空間では、たったそれだけの音が目立って仕方なかった。

そして、そんな時に限って音は鳴りやまないのだ。二回目、三回目、と咳払いをしても誤魔化しきれなかったのか、緋彩の背中側で座ったまま俯いているノアの口が動いた。


「ヒイロ、うるさい」

「な、何も喋ってませんよ」

「てめぇの腹だよ」


何てデリカシーのない男だろうか。女の子のそういうのは聞いていない振りをするのが定石で、気遣いというものだ。緋彩の隣で寝ているふりをして笑いを堪えているローウェンのように。


「そそそそんなこと言ったってしょうがないじゃないですか!身体の要求を止められる術があるなら教えてください!」

「気合いだ気合い。腹に力入れろ」

「入れてますよ!お陰で明日は筋肉痛です!」


それでも腹の虫というものは収まってくれないから、世の女子は全校集会で苦労しているんだ。痛む筋肉なんてついてねぇだろと言うノアとは身体の構造が違うのだ。というか何でそこまでして腹の虫を我慢させないといけないのか。空腹なのは皆一緒だし、ここには気心知れた三人しかいないのだから腹が鳴っても羞恥は知れている。


「お前の腹の音は腹が減る音なんだよ。俺たちの空腹を煽るな」

「そんなこと言われても!」


顔には一切そんな様子を見せていないのに、ノアも腹が減っているらしい。マジで気合いで腹の虫を黙らせているのだろうか。ハイスペックが極まりすぎて怖い。

ノアと言い合っているその間も緋彩の腹はくぅくぅと鳴り、ついに笑いを噛み殺しておくことが出来なくなったローウェンが涙で濡れた目尻を拭いながら身を起こす。


「ぶくくくくく…っ、…まぁまぁ…。ヒイロちゃん、この前町でもらった林檎があるんだ。少し食べる?」

「え、いいんですか?」

「勿論。ノアもいるよね」


そう言うと、ローウェンは鞄を漁って真っ赤な林檎を取り出す。同時に果物ナイフも取り、笑いで震える手で林檎を器用に切っていく。手を切らないよう気を付けてほしいし、そんなに笑わなくてもいいと思う。

皮はついたまま、茎と中心の種の部分だけ取り除くと、林檎は綺麗に六等分された。一人二つずつと思ったが、ノアは自分は一つでいいからと緋彩の分は三つになった。そんなに緋彩の腹の虫を止めたかったのか。

シャク、と齧ると林檎の果汁が漏れ出し、甘い蜜が口内に広がる。果物は持ち運ぶのに重くなるし、日持ちもしないのであまり買うことはない。今回はローウェンが、ルーク国の町でたまたま仲良く話したおばちゃんにもらったからあるだけだ。久しぶりの甘酸っぱい味に、あれだけドンチャン騒ぎをしていた腹の虫は一気に大人しくなった。


「至福…」

「大袈裟だな。寝る前に食いすぎるなよ。太るぞ」

「うっわ、それ女の子に言うことですか!?いつももっと肉付きのいい身体にしろとか言うくせに!」

「必要な筋肉をつけろっつってんだよ。なんだこの細い腕」


林檎を食べようとした緋彩の右手を掴み上げ、眉を顰めるノア。袖から覗く白い腕は確かに細いが、それは男の目で見ているから。年頃の女子としては普通なのだが、豊満なボディを持つ女性ばかりがいるこの世界ではどうも頼りない細さなのだ。ノアはそういう指摘をしていたのだが、緋彩は手に持つ林檎を狙われていると思ったらしく、急いで林檎を左手に持ち替えて口に投げ入れた。私の林檎はあげませんよ、とノアを睨む緋彩に、ローウェンがこの子のリアクションはどうも違う気がする、と呟いていた。






「それにしても、本当に静かですね、ここは」


最後の一口を飲み込んでから、緋彩は辺りを見回した。見回した所で窓もないし、壁と天井に覆われているだけなのだが、その向こう側に耳を澄まして空虚の外を想像する。

森の中、山の中、荒れた大地、賑やかな町の中、いろんな場所で野宿したり宿泊したりしたが、そのどれもに何かしらの音はあった。少なくとも虫の音と草木が揺れる音くらいは。

だが今ここに存在する音は三人の声と僅かに吹く風が小屋を叩く音くらい。それは腹の音も響くというものだ。


「何か、力が働いているのかもしれない。気のせいだと思ってたけど、ここに来た時から妙な魔力を感じる」

「俺もだ。ここら一帯、薄い水蒸気のように魔力が浮いているようにも思える」

「え…。ノアさん魔力は感じるんですね。魔法は下手なのに」

「やかましい」


目を剥いてまで驚く緋彩にノアの手刀がヒットする。魔力を感知することと使用する技術は無関係らしく、ノアは人並みの魔力感知能力はある。勿論ローウェンもその魔力を感じ、不快だと思っているようだった。魔力を感知するという感覚がイマイチ分からない緋彩は、険しい表情の二人を見て首を傾げる。


「その魔力を感じる?っていうのは悪いことなんですか?何かが起こる前兆?」

「いや、むしろ逆だ。これは魔力の残留、魔法を使った経歴があるということ。もしここの住人の奴らが……、」


ノアは不意に言葉を止め、横に立てかけてあった剣を手に取る。同じようにローウェンも構えるような体勢で剣を握りしめた。


「…ノアさん?ローウェンさんも、どうかし」

「囲まれてる」

「油断したね。この残留した魔力に気を取られて気付かなかった」

「え?え?」


緋彩は何も理解できないまま、ノアによって入り口の扉から遠ざけられ、彼の背中に押しやられる。触れた服越しの背中から緊張感が窺え、緋彩にも伝わってきた。肩甲骨が動き、剣を握る手に力が込められたのが分かった。

外にいるのはノアがこんなに緊張するほど手強そうな敵だというのだろうか。だがこの集落にいるのは…。









「────…住人達だ」









扉を少しだけ開けて外を窺い見たローウェンが、物々しく言った。










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