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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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未来への魔法

ようやく老人が足を止めたのは集落の一番奥、住人もそこには一人もいない干からびた広場だった。そのど真ん中にたった一つ、粗末な小屋がある以外は何もない。草木も生えず、虫も動物も見当たらない。ここには生きている空気がない。


「今夜はここで寝るといい。悪いが食事等は提供できない。こちらもギリギリで食い繋いでいるのでな」


それだけ言うと、老人とその仲間たちは来た道を戻っていった。気持ちばかりのお裾分けだろうか、松明は置いて行ってくれたので明かりの確保は出来る。ただ、その他に燃やすものが何もないので、この松明の火が消えたら、もうすぐ顔を出すであろう月と星の光だけしかない。

これでは野宿とほぼ変わらなかった。ローウェンが小屋の中を覗き込みながら、うーん、と唸った。


「どうする?ノア。ちょっと怪しすぎる集落だし、やっぱりもう少し先に進んで野宿にする?」

「いや、さっきの老人の話、少し気になる」

「エリク国からの逃亡者ってやつ?」

「それもだが、互いを殺し合う呪いっていうのがな。恐らく何らかの魔法だろうが、そんな不特定多数の第三者に影響を及ぼすような魔法、現代の魔法技術じゃ考えられねぇだろ」


魔法とは主に自身の魔力を使って事象を起こすことを言う。対象物を動かす、衝撃を与える等が基本的な事象だ。それを応用させると攻撃魔法だったり、治癒魔法のような人体にまで影響を及ぼす高等魔法になる。だがそれは魔力の行使者がそこにいて、対象物が存在して、定まっていることが条件だ。魔力のベクトルを決めなければ魔法は確立しない。

緋彩にとっては魔法自体、ファンタジー世界の象徴すべきものであって、未だによく分かっていない。ノアとローウェンには理屈の通った当たり前のことでも、説明のつかぬ超常現象としか捉えられないのだ。

ただ、要所要所のポイントは何となく理解できたのか、男二人が難しい顔をしている中、きょとんとした緋彩の声が落ちた。





「でもそれって、不老不死だって同じじゃないですか?」





古代だろうが現代だろうが、緋彩にとっては魔法は全て信じられない現象が起こる。だが、その中でも不老不死という呪いは、それらと毛色が違うことは分かっていた。

受け継がれる呪い。そこに魔力を行使した人間がいなくても延々と続いていく呪い。

不老不死と何だか似ているな、と思って呟いた言葉は、ノアとローウェンの目を瞬かせていた。

まさかこんなに驚かれるとは緋彩も思っておらず、絶句して見てくる二人に、えっ、とこちらも目を丸める。


「ど…、どうしました?二人とも…」


固まる二人に恐る恐る訊ねると、ノアは黙って眉根を寄せ、ローウェンは気が付いたように声を漏らした。


「あ…、あぁ…。いや、そうか、そうだよね。…盲点だった。こんなに近くに実例がいるというのに」

「…?何がですか?」

「いや…、ヒイロちゃんの言う通りだよ。あの長老が話していた呪いというのは、不老不死とよく似ている」


うん、と確認するように頷いて、ローウェンは小屋の中へ入った。中はただただ壁と天井があるだけで、とても生活できそうな状態ではない。雨風を凌ぐための空間としか言いようがなかった。

その真ん中にローウェンが腰を下ろすと、緋彩もそれに続く。ノアは中には入ってきたものの、壁に背を預けて立ったままだ。




「不老不死と長老が言っていた呪い」


ローウェンは整理するように始めると、床もない地面に指で丸と四角を描く。丸を指しながら不老不死、四角を指しながら長老が言っていた呪い、と説明する。その二つの真ん中上に、五芒星を描くとすぐにバツで潰した。


「どちらも発信者がいなくなっても続いている呪いだ」


丸と四角、どちらも枝分かれさせていき、同じ丸と四角をいくつも増やしていく。そのうち一つの丸は横に飛び出し、その中に何か文字を書いた。緋彩には読めないが、それを目にしたノアは僅かに目を細めたので、恐らく『ラインフェルト』と書いてあるのだろう。


「特にラインフェルト家の不老不死は、血縁で受け継がれる呪い。別種の魔法で譲渡は可能だけれど、血には逆らえないから譲渡したとしても子孫の誰かに必ず発現する」


そういうことで合っているか、と問う目線がノアを見る。ノアは浅くこくりと頷くと、ローウェンの話を補足するように後を続けた。


「今思えば殆ど事故だったが、不死は今ヒイロに譲渡している。これはあくまでラインフェルト家の不死の呪いだから、仮にヒイロに子どもがいても受け継がれることはない」

「わ、私に子ども…」

「不老と不死がノアとヒイロちゃんに分かれている今の状態で、ノアに子どもができたらどうなるの?」

「ノ、ノアさんに子ども…」

「ラインフェルト家の呪いは、血族に一人しか不老不死は発現しない。俺が生きていれば不老にはならないし、ヒイロが生きていれば不死にはならない。俺とヒイロが死んだとしても、俺の子どもに呪いが受け継がれるとは限らない。条件はラインフェルト家の血が入っている者、だ。俺は知らないが、何処かで生きているラインフェルト家の誰かに受け継がれるかもな」

「誰との子どもだろう…」

「お前はさっきから何を言ってるんだ」


心の声が漏れ出している緋彩に、うるせぇなというノアの鬱陶しそうな目線が降ってくる。緋彩は何でもないと言いながらも、何処かそわそわとしていた。

だって、少し想像してしまったのだ。自分の子ども、そしてノアの子ども。

緋彩はまだ高校生であって、子どもどころか結婚すら遠い未来だと思っている。学生でママになったという話も聞かなくはないが、彼氏すらいない自分には縁遠い話だ。対してノアは、考えて見ればもう結婚して子どももいておかしくない年齢。十年前に不老になっていなければ現在二十七歳なのだ。

ところが年齢的には結婚も家族も容易に想像できるのに、ノアという人物にはどうもそれらの言葉が似合わないことこの上ない。結婚然り、ノアの子どもなんて、どんなに愛想の悪い子になるかと思うと寒気がする。いや、まだ希望は捨ててはいけない。顔だけは優勝なのだから、愛想さえどうにかすればそれはそれは天使のような子どもになるだろう。ママによる人格形成の教育に期待だ。


「ノアさんの奥さんになる人は苦労が絶えないですね…」

「だからお前は何の話をしてるんだ」

「あいてっ」


一人だけ未来のノアの家族に想いを馳せる緋彩に、ノアのデコピンが飛んでくる。いつの間にか隣に座っていたようだ。

思ったより激しい音がした緋彩の額に苦笑しながら、ローウェンは話を戻すよ、と『ラインフェルト』の文字が書かれた丸を指さした。


「血族に受け継がれる呪い、もとい魔法。魔法は基本、治癒魔法のように身体そのものに作用することはできるけれど、遺伝にまで影響を及ぼすことは出来ないとされている。…でも、例外があったとしたら」


ローウェンの指がすっと上に流れ、バツで潰された五芒星に移った。

例外?と首を傾げた緋彩に、ローウェンは視線を上げた。









「遺伝する不老不死を生み出した張本人がいるでしょ」



「!」









それにはさすがに緋彩でも分かった。

ラインフェルトに呪いを穿った犯人。善意と悪意の入り混じる中で不老不死をこの世に生み出してしまった人達。

彼らは元々魔法のスペシャリストで、始祖とも言われるくらい魔法に長けている。生み出してきた高度な魔法も少なくない。


その中の一つが、不老不死であった。


ただしそれは自分たちが世界で生き残るためのもので、他に伝えるものではない。伝えるべきものではなかった。しかし血族の中でだけで許された魔法だったはずが、たった一人、例外がいた。

きっと世界が広がると信じて望みを託した人間、ラインフェルト。

何の因果か、不老不死の魔法はラインフェルトの身体には呪いとなってしまった。それは彼らも想像すらしていなかっただろう。遺伝する魔法になろうとは。





「アクア族、ですね」





低く呻くように言った緋彩に、ローウェンは目線だけで頷いた。そして、指先で地面に描かれている、分かれた枝を辿って、四角の図形に指を置く。


「もし、遺伝する魔法を施せる存在がいたとしたら、不老不死を生み出したアクア族しかあり得ない。そして…」


四角の方は、同じ血族を互いに殺し合う呪い、だ。







「こちらも恐らく彼らの────…」







彼らは、一体何に苦しんでいるのだろうか。







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