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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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体力づくり

「────とか何とか言ってたのに…!!」




肩にのしかかる重力、膝にかかる負担。気を紛らわせようと鞄と背中の間に挟めた手は血が止まりそうだ。




「何でまた私の荷物多くなってるんですか!!」

「怪我も貧血も治ったろ。働け」

「鬼!」


それまでノアが持ってくれていた荷物は、いつの間にか緋彩の背中に逆戻りしていた。アリアが日持ちする食糧を用意してくれた上に、今後のことを考えて大切に消費しているので、まだ鞄は軽く小学生くらいの重さがある。一つはローウェンが持ってくれているが、さすがに二つとも持たせるわけにもいかず、こうして手分けして持っている。

宿を出る時は何も言わずノアが持ってくれたし、緋彩が手ぶらでも嫌味すらない平穏な日々が流れていたのに、突然のパワハラが再開した。


「ノアさんの方が平然と持っていたんだからノアさんが持ってくれてもいいじゃないですかぁ…」

「平然と持っているからって重さが違うわけねぇだろ。荷物は持たないに越したことはない」

「か弱い少女を苛める暴君相棒」

「そう思うなら鍛えろ、貧弱相棒」

「ぐ…」


緋彩がひ弱すぎるのは自他ともに認める事実だ。体力筋力ともに、同年代の女子高生と比べても平均を下回っている。こちらの世界に来た時よりは鍛えられたと思うのだが、一緒にいるのが訳の分からない強さのノアと、傭兵経験のあるローウェンの成人男性二人だ。比べてもらっては困ると言うもの。


「そのうちノアさんを抱きかかえるくらいの力付けてやるから待ってろよ…」

「頑張れよ」

「…っ!…っ!」


ニヤニヤと嘲笑を極めた笑みで見下ろしてくるノア。緋彩は拳の中に溢れ出しそうな怒りを握り潰した。

とはいえ、ノアも手ぶらというわけではない。一番小さくて軽い荷物ではあるが、ちゃんと持っている。本来であればそれが緋彩が持つべき荷物ではないかとも思うが、その中には法玉が入っていた。法玉に長く近づくとやはりどうも緋彩の調子が悪くなるので持つことが出来ないのだ。鞄を移せばいいと思うのだが、筋トレと称してノアは鞄を交代してくれない。





「鍛えるにしても、ちょっとくらい軽くしてあげればいいのに」


少し前を歩いていたローウェンがノアに足並みを揃えて、緋彩に聞こえないような声量で言う。緋彩は後ろで、ふんぬー!と自分の身体の大きさくらいの荷物を引き摺っているところだ。

ローウェンの助言にノアは心も表情も動かさず、冷たくそのつもりはない、と言い放った。


「俺は甘やかさねぇよ」

「意地悪し過ぎると嫌われちゃうよ?」

「あほか。意地悪じゃねぇし、とっくに嫌われてるだろ」

「そう?」


嫌われてると思っているのか、とローウェンはノアの漏れた本音を新鮮に感じた。好かれてるとか嫌われてるとか、まだ気にしているところまで至っていないと思っていたのだ。

とはいえ、冗談めかして言ったが、緋彩からの印象は置いておいても、ノアは好き嫌いで意地悪をするような人間ではない。そんな人間味のある行動がとれたなら、とっくに自分の気持ちにも気付いているはずだ。

ローウェンは彼なりの理由があるんだろうなと思って口を出さないでいたが、その意図は全く分からなかった。

するとノアが、この先、と話を続けた。


「エリク国に近づく度気温は下がる。国内に入れば防寒具では追いつけないほどだ。あいつは元々肉付きが悪いからか、体温も低い。そんな環境になれば体力が持たなくなるのは目に見えている」

「今のうちに体力付けてもらおうっていう魂胆?」

「今からどんなに頑張っても大した体力が付かないだろうが、多少の疲労に目を瞑っても代謝が上がれば体温も上がるだろ」

「この先、少しでもヒイロちゃんの負担が少なくなるように、か」


成程ね、とローウェンは眉を下げて納得した。

幸い、緋彩は不死の身体の所為か体力の回復は早い。ただそれは回復できる環境に置かれている時は、の話だ。根本的にいるだけで体力を削られる極寒の地ではその機能が上手く働いてくれるかどうかは分からない。であればせめて早期の体力回復が望める今のうちに出来る対策はしておいた方がいいだろう。

逃げたくないと言った彼女にしてやれることは全てやらなければ、彼女の身体は自分の強さに負けてしまう。


「ごめん、ノア」

「あん?」


ノアは突然謝ったローウェンに眉を寄せる。ぽん、と肩に置かれた手が非常にウザい。


「君は常にヒイロちゃんのことを思って行動してるもんね。失念していたよ」

「何だその同情的な笑みは。鬱陶しいからやめろ」

「ハハハハハ」













***













緋彩が下校中の苛められた小学生のような扱いを受けてから約二時間程歩いた頃だろうか。荷物の重さで碌に顔を上げていなかった緋彩は、一メートルほど先のノアの足元だけを見つめて歩いてきた。疲労と汗で顔はもうドロドロで、見せたくなかったという理由もある。

ただ必死に荷物を引き摺るのだけに集中していて、それがどこに向かっているのか、どこを歩いているのかまでは気にしていなかった。

だから、その足が止まったことにも気付くのが遅れる。


「ぶふっ!?」


気付いた時にはノアの背中に顔面を強かにぶつけた後で、緋彩は涙目になりながら彼を見上げた。


「ノアさん…?」

「今日はここで休ませてもらうか」

「え?」


背中に緋彩がぶつかったことなど、まるで蚊に刺されたかくらいにしか思っていないようで、ノアは気だるげな目を真っ直ぐ前に注いでいた。

そこは、手造りだと言ってもいいくらい簡素で雑な家が数十個建ち並ぶ、小さな小さな集落のようだった。人がいるのかいないのか、ガランとしたそこはその割には生活感が残っているし、よく見れば建物の陰から緋彩達をチラチラと見ている目がいくつか覗いている。


「ここは…」

「地図に載っていない集落。いろんなところから()()()()人々が集まって出来た場所みたいだね」


こちらを見ているのは皆不信と怯えに支配されている目。誰も信じず、何も受け入れず、排除しか選択肢を知らない目。敵意とはまた違う、自分たちと自分たち以外のどちらかしかこの人たちは知らないのだ。

決して目を離そうとしないのはこちらの出方を窺っているからで、どう拡大解釈しても歓迎とは捉えられない。そんなところに世話になるのかと緋彩は確認するようにノアを見るが、この男が周りの目など寸分たりとも気にしていないことを思い出した。いくら奇異な目で見られようと、問題なく目的が果たせればそれでいい。そんな男だった。

緋彩はこれだったら野宿の方がマシのような気がしたが、ノアの決定を自分に覆せるわけもなく、前途多難な停泊に肩を落とした。











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