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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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避けない肩

ノアがさっさと宿を出て行ってしまったので、緋彩はアリアとの別れもそこそこに残りの小さな荷物を抱えてノアを追った。ローウェンはまだ女性客と話していたがそのうち追いかけてくるだろう。

フードが剥がれてしまわないよう手で押さえながら、やっとのことで追いついた。


「っはぁっ、はぁっ…、ノアさん、足速いですって…」

「俺の足が速いんじゃなくてお前の足が短いんだろ」

「なんですって?」


バランスが良すぎる体型をしているあんたと比べられたら誰だって胴長短足だ。比較的スタイルの良いローウェンが並んでいてもノアの方が際立ってしまうのだから、世の男性は彼に近づかない方がいいと思う。

緋彩は走って荒れた息を整えつつ、体温を逃がすように服をパタパタとさせて中に空気を取り込む。気温は高くないが、ノアの上着を着ている分暑いのだ。出来れば脱ぎたいが、ノアの視線がそれを許してはくれない。


「城で……、アラムが私に、というか私の血に異常な執着を見せていたことは分かってます。でもあの人がまだこの国にいるでしょうか?」

「用心するに越したことはないだろ。それに、あいつはガンドラ教の教祖だぞ?信仰者を使ってお前の居場所を追ってるかもしれない」

「それはそうですけど…、これ、大きすぎて動きづらいですぅ…」


引き摺りそうな裾、余り過ぎる袖、深く被ったら顔を覆い尽くすフード。身を隠さなければならないのなら、せめて自分の体に合った服が欲しい。そう目で訴えて見たけれど、眼力で瞬殺された。

資金は緋彩が働いて稼いだ分もあるのだからいいじゃないかと思ったが、ノアの考えによれば金の問題ではないらしい。


「お前の貧弱な()()で出歩けば、アラムの手先じゃなくてもそこら辺の男共の恰好の餌だぞ」

「え、餌?太らせて食う、と?」

「姿を隠すついでに俺の家紋が入ったそれを着てれば、多少虫よけにはなるだろ」

「家紋?」


言われてよく見れば胸のところに、菖蒲のような花に剣が重なった絵の章飾がある。この前までつけていなかったはずだが、緋彩に着せる際につけたのだろうか。


「一応、ラインフェルト家の家紋だ。世界に知れ渡っているほど有名ではないが、分かる者なら分かる。知っていて手を出す奴がいたら命知らずの馬鹿だけだな」

「それは、つまり、『この紋所が目に入らぬか!』的な?」

「?」


ノアによると、黄門様のようにハハーッとまではいかないけれど、敬遠させることは出来るだろうとのことだった。それはラインフェルト家に恐れを成しているというよりは、恐らくノアに恐れているのだ。アラムも認めていたくらい、剣の腕でこの世にノアの右に出るものはそうそういない。これで魔法力があれば確実に世界を制する強さなのだろうが、現状でも充分恐怖に値する戦闘力だ。そんな男が関わっている女などに誰が手を出そうか。

実際に緋彩が変な輩から手を出されたところでノアが助けてくれるかどうかは不明だが、章飾(これ)を盾にしろということは、少なくとも無視はしないでくれるということだろう。


「……なん、か…、……ありがとうございます…。嬉しいです…」

「嬉しい?何が」

「え?…何がって…」


無意識だった。

嬉しい、って、何が。


訝し気なノアの表情を見て、緋彩も何がだろうと思い直す。ノアが気に掛けてくれたこと?それは後々自分の身に降りかかってくるトラブルになるからだ。上着を貸してくれたこと?それもトラブル回避のためだ。黄門様気取りを出来ること?そんな馬鹿な。

どんなに思考を巡らそうとも答えには辿り着かなかったけれど、感謝の意は本当だ。誤魔化すように何でもないと笑いながら、緋彩はフードを目深に下げた。















***















人口の多いルーク国は、何処を歩くにも人込みを避けられない道中ではあった。しかしこれでもアリアに教えてもらった空いている道を通ったつもりだ。それでも身体を捩って歩かねばならないほどの人の多さに、緋彩は街を抜けた時にはぐったりしていた。


「大丈夫?ヒイロちゃん」

「はいぃ………」


ノアと追いついてきたローウェンが両端を固めながら歩いてくれなければ、緋彩の体力はもっと奪われていたかもしれない。どさくさに紛れてボディタッチしてくる者や暴れる酔っ払いが激しくぶつかってきたり、美味しそうな匂いと言葉巧みに勧誘してくる如何わしい店に引っ張られそうになったり、お前はどうしてそんなに単細胞なんだとノアに何度も怒られたり、とにかく疲れた。

ローウェンは肩を落としてトボトボ歩く緋彩に苦笑し、少し休憩しようかと提案してくれた。ノアに却下されるかと思ったが、意外にも二つ返事で了承した。心なしか彼も少々疲労の顔色が見えたからか。人込みの襲撃は何も緋彩に限った話ではなく、こんな目立つ容姿をしているノアだって同様だった。それは老若男女問わず言い寄られれば疲れるわ、と同情を禁じ得ない。


人と建物が少なくなってきたところで木陰を見つけた。樹齢百年以上はあるだろう、大木の陰だ。近くに人影は見えず、ゆっくり休憩できそうだ。

緋彩はよっこらせ、と齢を重ねた人間の掛け声を漏らしながら腰を下ろすと、一気に疲労を全身で味わう。歩いたのは一時間程度だったのに一日中歩き回ったような疲労感だ。


「……疲れましたね」

「……そうだな」


びっくりだ。ノアと緋彩の意見が合った。

二人よりは多少元気が残っているローウェンが水を注いでくれ、それと同時に地図を広げた。途中で購入した地図で、エリク国までの道順が詳細に記載されている。


「ええと…、この国は今日中に出られると思うけど、エリク国まではまだ距離があるね」


ローウェンは地図の上を指でなぞりながらうーん、と唸る。

ノアもルーク国とエリク国の間に気怠げな目を這わせながら、宿はなさそうだな、と呟いた。


「地図に載っていない村や集落なんかはあるかもしれないけど、所謂ちゃんとした宿っていうのはないだろうね。エリク国に入ったらまともに休めるかどうか分からないから、出来れば極力疲労は残したくなかったんだけど」

「仕方ない。幸い、アリアのお陰で食糧は充分確保出来ているし、出来る範囲で回復していくしかねぇだろ」

「まぁ…、僕たちはそれでいいよ。慣れてるし、どうとでもなる。ただ、ヒイロちゃんが…────…あれ?」


疲れたと呟いたきり、そういえば一言も喋らないと思ったら、緋彩はノアの横でスース―と寝息を立てていた。

てっきり一緒に地図を見ていると思っていたローウェンは、いつから寝ていたのかと訊くように丸めた目をノアに向けた。


「地図広げる前に寝たぞ」

「あ…、そう」


緋彩は水の入ったカップを両手で大事そうに抱えたまま、頭をノアの肩に寄りかからせていた。今にも身体のバランスを崩してしまいそうだったからか、ノアは緋彩の手の中からそっとカップを抜き取る。そして、寄りかかって来るなと文句でも言うのかと思いきや、彼はそのまま動かず、視線だけを緋彩の閉じた瞼の上に流した。

少しだけ浮腫んだ顔、大量に失った血液はまだ万全と言うまでには戻っていない。元気だと言う本人の態度で紛れているけれど、確かに悪い顔色。臥せったままでいるとアリアが余計気に病むと思って無理をしたということは、アリアを含む誰もが分かっただろう。


ふと、ノアの親指がそっと彼女の目の下を過ぎていく。





「病み上がりがいるから、極力野宿は避けたかったがな」





緋彩が病み上がりかどうかは、直接ノアに影響が出るところではない。

だからちゃんと本人に伝えてやればいいのに、とローウェンは苦笑した。

遅れを取り戻すように二人の距離を縮め……たい…!(願望)

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