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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十一章 隠される存在
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上着の中

「いやー、死ぬかと思った」

「お前が俺を起こすからだろうが」

「え、僕が悪いの?」


食堂で朝食を摂りながら、ノアとローウェンは膝を突き合わせていた。キッチンではアリアが忙しく走り回っている。


ケルナー王が崩御したことで、国民は酷く悲しみ絶望を味わったが、同時に奴隷となっていた人々も解放された。周りの国王万歳の雰囲気から、家族や友人、親しい人たちが奴隷となる憤りの声を上げられずにいた人々は、余程そちらの喜びの方が絶望を圧倒しただろう。それは一人や二人ではないのだ。何万という人間からその感情が解き放たれれば、掛け違って心酔していた人たちも気付いただろう。今まで自分たちは何に心を奪われていたのだろうかと。

奴隷だった人たちの進言によってケルナー王の狂った暴政も明るみに出た。元々は不老不死など信じている人間の方が少ない。そんな存在を求めて奴隷という人間を材料に使おうなどというのだから、誰がどう見ても国王がまともな人間でなかったことは明らかである。尤も、ケルナー王が死んで本当に悲しんだ時間や人は一瞬だったのだから、彼の本来の人望とはその程度のものだったのだろう。


国の狂いがなくなっていけば、アリアの宿も少しずつではあるが客足が向くようになった。あれだけアリアを遠巻きに見ていた連中も今までのことなんて何もなかったかのように過ごす。せめて謝罪でもあればいいのだろうが、アリアはこれ以上事を荒げたくないと、このままあの悲しい時間が風化していくことを望んだ。

アリアの両親はまだ体力が回復しておらず、仕事には戻れずにいる。医者によれば一週間もすれば徐々に日常生活を送れるようになるだろうということだった。まだ暫くはアリアが一人でこの宿をやりくりしていくことになりそうだ。





「あれ?ヒイロは?もう目を覚ましたんじゃないの?」

「アリア」


二人の元にスープを運んで来ながら、アリアはキョロキョロと緋彩の姿を探した。目を覚ましたこと自体は報告しておいたものの、仕事が忙しくてとても緋彩の様子を見に来る時間はなかった。朝食の時には顔を見れると思ったのだろう。

部屋で寝てるよ、とローウェンが言うと、そうかと彼女は寂しそうに眉を下げた。


「まだ微熱と倦怠感が残ってるみたいだからね。ヒイロちゃんの気持ち自体は元気で、暴れても大丈夫だと意気込んでるんだけどノアが黙らせた」

「その風景が目に浮かぶようだ」


その様子だったら少しは安心した、とアリアは笑った。後で見舞わせてくれとは言うが、やはり忙しいことには変わりないようで、足早にキッチンの方へ戻っていってしまった。

その姿を目で追いながら、ローウェンはぽつりと呟く。


「良かった、アリアも元気になったみたいだね」

「元気だったろ、最初から」

「あーあーあー、もう。ノアは本当、ヒイロちゃん以外の人間に関心薄すぎなんだから」

「他人のことなんぞいちいち気にしてられるか。ヒイロだって不老不死の繋がりがなけりゃどうでもいい」

「はいはい」


アリアが緋彩を初め、三人を巻き込んでしまったことを気に病んでいたのは見て分かる。基本的にはお喋りで明るくて気が強い彼女が、何となくノアにもローウェンにも話しかけるのを尻込みしているようだったのだ。どこかしら後ろめたさがあったのだろうが、仕事の忙しさと緋彩が目を覚ましたことと、いつも通りのノアやローウェンの対応もあって気分は晴れたようだった。




「…大体、気にしてやらなきゃ立ち直れない奴が城にまで踏み込まねぇだろ」




ノアはそう言って最後の一欠片となったパンを口に放り込み、退屈そうな視線をどことなくアリアと、それから部屋にいる緋彩の方へ向けた、気がした。















***















「もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「ごめんなさい、アリアさん。一応この人お尋ね者になっちゃったんで」


宿を出る緋彩達をアリアは残念そうに見送ってくれる。本当はこれから買い出しに行かなければならなかった物資まで、今回の件のお礼だと言ってたんまりもらって、暫くの生活はこれで過ごせそうだった。

ケルナーが死んだことは国にとって衝撃ではあったが、同時に惜しむべき存在ではないことも知れ渡ってしまった。どうして死んでしまったか、事故か、殺されたか、病死か、気にする者が殆どいないくらいだ。だが、国に仕える役人は違う。国王が誰かに殺されたということは遺体を見れば分かるし、個人の本意はどうあれ、仕事として犯人も捜そうとするだろう。役人たちにどれだけの捜査力があるかは分からないが、遅かれ早かれノアがそうだと辿り着くかもしれない。幸い、役人たちもあまり意欲的に犯人追及をしているわけではなさそうなので、今のうちに国を出た方が得策だろう。


「国内は今、国王殺しの犯人よりも次期国王がどうなるのかということの方に意識が向いている。あまり慌てなくてもいいと私は思うけどな」

「それはそうですけど、だからこそみんなの意識が逸れているうちに去った方がいいです。せっかくこの宿も活気を取り戻したと言うのに、殺人犯がいたらまたどんな噂を立てられるか分かりませんよ?」

「ははっ、気にしないよ!三人とも、私の恩人には変わりないんだから!」


アリアは明るく笑い飛ばしながら、既にパンパンの緋彩の鞄の中に尚も食料を詰め込もうとする。たくさんくれるのは有難いが、この荷物を持つのは緋彩である。持ち歩けるか不安だ。

アリアのめいいっぱいの感謝と愛情を受け取っている途中も、ノアは窓から外の様子をじっと睨んでいた。役人たちが追って来るのを警戒しているのだろうか。彼がそんなこと気にする正確ではないのは誰もが分かっているし、緋彩も”殺人犯”と冗談めかしては言ったが、ケルナーは実際には生きてなどいなかった。無理矢理動かされた人形だと言ってもおかしくない状態だったのだ。ノアの行動が命を奪ったということとはイコールではないと思っている。


「ちょっとノアさん?アリアさん見送ってくれてるんだから、お世話になったお礼くらい言ったらどうですか?」

「あ?こっちは金払ってんだ。世話したのはこっちの方だろうが」

「そういうことじゃないんですよ!こんなに食べ物とかももらったんですから、お世話になったでしょう!」

「要求した覚えはない」

「…こんの、偏屈イケメン…」


外も向いたままああ言えばこう言うノアに、緋彩は、拳を作りながらせめてこちらに顔でも向けろやとずんずんと窓際のノアに近づいて行った。

すると、それに気付いたノアが僅かに慌てて制止する。


「馬鹿、こっち来んな」

「はい?」


そもそも、外の様子の何がそんなにが気になるのか。いい女でも歩いているのか。宿で食事をしている女性と楽しそうに喋っているローウェンならともかく、ノアがそんなものに現を抜かしているとは思えない。

気になる、とノアの遮る手を上手く交わして窓の外を覗き込んで見たが、特にこれと言って目を引かれるようなものは何もない。


「…?」


町民や旅人たちが行き来する、楽し気な商店街の風景だ。目を見張る程のフェロモン女も見当たらない。

一体何を見てそんな険しい顔をしていたのか。緋彩はよく分からない、とキョロキョロといろいろなところにも視線をやるが、やはり何もなかった。


「ノアさん、一体何見て…ぐえっ!?」

「顔出すな、トラブル女」


傾げた首根っこがぐいっと引っ張られて息が詰まる。殺す気か、と恨みがましく見上げたノアからは盛大に眉を顰めた表情が降ってきていた。そんな顔をされる覚えがない緋彩はさらに首を傾げる。


「何なんです?別にノアさんがタイプの女性を見てたって私怒ったりしませんよ?」

「ちげぇわ。……これ被ってろ」

「わふ!?」


今度は突然視界が真っ暗になる。緋彩の全身がすっぽり埋まってしまいそうな大きめの上着を上から落とされたのだ。フードのついたそれは、確かノアがどこかで買っていた彼の上着だ。薄手で、寒さを凌ぐためのものというよりは、直射日光を防ぐためのもののようだった。あまり着ているところを目にした覚えはないが、それでも数度袖を通されている上着はほんのり彼の香りがした。

わたわたと暴れてやっと顔を出した緋彩は、乱れた髪に手櫛を通しながら口を尖らせた。


「だから何なんですかっ!私またなんかノアさんを怒らせるようなことしました?」

「お前、外に出たら極力顔を伏せて存在を消せ。人の目に留まるな」

「は…?」


それをした方がいいのはノアの方では?と緋彩はますます困惑する。指名手配されているのは白銀の君だ。ただでさえ目立つ容姿と高身長を持ってしまっているのだから、髪でも染めて変装した方がいいのではと思うほどなのに。

だがノアが懸念しているのは()()()の方ではなかった。

鬱陶しそうにしながらも、ノアは諦めたように口を開く。


「忘れたのか。お前はアラムに完全に狙われ始めた。血がどうとか言っていたが、それ以前にあいつはお前の身体が目当てだ」

「言い方」

「まだこの辺をうろついているかもしれないし、せめて国を出るまでは出来るだけ隠れてろ」


言いながらノアは緋彩の抱えていた上着を取り上げ、少し屈んで今度はきちんと細い肩に掛けてやると、背中からフードを引き上げた。緋彩の顔半分が隠れるまで被せる。

覗き込んでくる紫紺の瞳が、緋彩の意識を吸い込んでくるように真っ直ぐ向かってくる。








「気を付けろよ」








念を押すように頭を押さえた手はすぐに離れ、ノアは膨大な食糧が入った鞄を軽々と抱えて外に出て行った。









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