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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
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お疲れ様

「ローウェン!」




ローウェンが鉱山に残った最後の見張り兵二人を斬り伏せた時、後ろから息の上がった声が呼ぶ。

振り返れば、アリアが飛び出して行った時より顔色を悪くしてローウェンの元まで走り寄ってきた。脚を止めると膝に手を付いて肩で息をする。


「アリア、大丈夫?」

「わ、私は、大丈夫っ…。それ、より、ヒイ、ロが…、」

「ヒイロちゃんに会えたの?ノアも向かってたはずだけど」


とりあえず息が整うまで休みな、とローウェンは見張り兵の基地から奪ってきた水をアリアに手渡して座らせる。

アリアは渡された水を飲みながら、何とか深く息ができるようになるまでになると、事の顛末をローウェンに伝えた。アリアがどんなに憶病で不義理な人間かという主観的すぎる感情が満載な報告だったが、ローウェンは何も言わず黙って聞いていた。最初は息を整えさせるためにアリアの背中に置かれていた彼の手が、そのうちアリアを宥めるためのものになったのは言うまでもない。

ノアが緋彩の元に向かい、アリアはローウェンを手伝って来いと言われここまで急いで戻ってきたと言うところまで報告が終わると、ローウェンはやっと口を開く。


「そっか。それはお疲れ様だったね」

「…っ、なん…っ、そ、それだけ…?」


おかえり、とでも言うようなテンションでそう言うローウェンに、アリアは気が抜けそうだった。もっとこう、何かあるだろうと思っていたのだ。追及とか、尋問とか、叱責とか。

それなのにローウェンはアリアの質問の方が意味が分からないとでも言いたげに目を丸める。


「それだけって?」

「いや…、だって、もっとあるだろ。私はヒイロを置いて逃げてきたんだぞ?言われるがまま、あいつに助けられたのにも関わらず!」

「うーん…、何を言うのが適切かはイマイチ判断しかねるけど、話聞いた限りでは、アリアがいなければヒイロちゃんは手遅れになっていた、後はノアがどうにでもするから安心して、お疲れ様、…としか言いようがないんだけど」

「…、」


眉尻を下げて困ったように笑うローウェン。この状況でアリアの機嫌を取る必要はないし、彼の本音であることは間違いないが、だからこそアリアには信じられなかった。この人たちはどうしてこう、変人の面を被った人格者なのかと。いっそのこと冷めた目で見られた方がまだ心が休まる。


「…っ、う…、ふっ…うぅ…っ」


途端、ローウェンを見上げていた深緑の瞳からボロボロと涙が零れ始め、ローウェンはギョッと目を剥く。


「えっ!?ちょっ…、え!?アリア!?何で!何で泣くの!?」

「うぅ…、うるさいぃ…っ」


アリアの涙は、堰を切ったように拭っても拭っても溢れてくる。ローウェンは大慌てでハンカチとかティッシュとか何か気が治まるものを、と探すが、こんなところに持って来ているものなんて武器くらいだ。どうしていいか分からずさ迷わせていた手は、ひとしきりウロウロした後なし崩し的にアリアの頭の上に落ち着いた。

やはり、かける言葉は正解が分からないけれど。






「ヒイロちゃんは、君だから助けたんだよ」






じゃなきゃ危険を冒して首を突っ込まない、とやはりローウェンはどこか煮え切らない笑みで言った。
















***
















鉱山の見張り兵達の処理をそこそこに、ローウェンとアリアは城に向かった。衛兵は多少残っていたけれど、ノアが殆ど倒していたこともあって大した障害にはならなかった。

それに、もう彼らを動かす主はこの世にいない。


「あ、いたよ、二人」

「!」


長い廊下の向こうから、緋彩とノアの姿が見えた。ノアはともかく、緋彩もちゃんと歩いてきている。

短く息を吸ったアリアは、引っ張られるように二人の元に走って行った。


「ヒイロ!ノア!」

「!…アリアさん!良かった、無事ですね!」


呼ばれて視線を上げた緋彩は、飛び込んでくるようなアリアの顔を見てぱっと顔を輝かせた。血だらけの姿も血の気のない顔色もフラフラな意識も、隠し通せるわけなどないのに、緋彩は何事もなかったかのようにアリアに笑顔を向ける。後ろにローウェンを見つけて大きく手も振った。


「ヒイロっ、悪い、私…!お前を置いて!」

「私がそうしろって言ったんですもん。逆にしてくれないと怒りましたよ。アリアさんがノアさんを連れてきてくれるって分かってましたし」

「お前はまたそんな…っ、…、この馬鹿!」

「おっ、うおっ!」

「わ、ごめ…!」


抱きついてきたアリアを支えきれず、緋彩は後ろにバランスを崩す。アリアもはっとしてすぐに離れたが、一度よろけた身体を持ち直すほど緋彩の体力は回復していなかった。アリアが咄嗟に手を伸ばすが間に合わず、緋彩はそのまま後ろに倒れる覚悟をした。まあ、倒れて怪我が一つ二つ増えたところで今更だ。身体を串刺しにされる痛みに比べればぶつける痛みなんて蚊に刺されたようなものだろう。死に過ぎてすっかり自分の身体の価値が暴落している。


だが、いつまで待っても身体への衝撃は訪れない。


代わりに感じたのは、気付かないほど自然に、背中に当たる体温。ゆっくりとした鼓動。見下ろされる視線。不機嫌な視線。煙たげな、嫌悪の視線。






「……………………ボケが」


「何故!?」






ノアがいることをすっかり忘れていた。挨拶のような罵倒でやっと気付かされる。

どうやらノアが倒れてくる緋彩を避けずにいてくれたお陰で支えになったようだ。


「すみません、ノアさん。ぶつかりました」

「…感動の再会は後からにしろ。衛兵はまだ残党が残っている。先にここから脱出するぞ」


ノアは寸分も表情を崩すことのないまま緋彩の身体のバランスを戻し、剣を抜く。白銀に光る髪と刃の境界線が実に曖昧だ。

そうだね、と頷いたローウェンも同じように剣を抜いて元来た道へと踵を返した。


「僕が先導するよ。アリア、近道があるなら教えて」

「城から出るだけでいいならこっちだ。町へは遠回りになるけど、城から出ることが先決だろ?」

「ああ」


アリアの視線にノアは頷き、それから少しだけ緋彩を見る。感情は読み取れないが、少しだけ気遣わし気な、あるいは挑戦的な目。


「ヒイロ、走れるか?」


城内の衛兵は大分数が減っているが、外はそうではない。ノアが城へ入ってきた時も、ローウェンとアリアが今ここへ来た時も、ほぼ相手にせずに突っ切って来ているのでまだ大量に残っているのだ。一人一人は特別強敵とは言わないまでも、圧倒的な数はそれだけで脅威である。ノアの実力であろうと緋彩を抱えては突破できないほどに。

緋彩もそれを理解している。


だから、ノアの視線に応えた。




「勿論です。不死なめんな」


「────…上等」




不敵な笑みを返す緋彩に、ノアはふっと口端を吊り上げた。











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