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強制ニコイチ  作者: 咲乃いろは
第十章 見つけた心
154/209

興奮の血

皮膚を破り、肉を抉り、骨を砕き、


もっと


もっと流してほしい。



この甘美な血を。






「もっと!もっとだアマノヒイロ!!!」






緋彩だけを見て、緋彩ではないもの見て、アラムの狂喜は己を狂わせる。

腕を裂き、胸を突き、腹を抉った刃は、次どこの血を流させようとしているのか。

意識のないまま、痛みも苦しみも理解する前に何度も何度も死を与える。床一面を赤に埋めてしまうくらいの血が必要なのだと。

狂っているのか、楽しんでいるのか、そのどちらもか。アラムは甲高い笑い声をあげて剣を振り上げた。次は何処を抉ろうか。何処の血が良いだろうか。


考えながら振り下ろした剣は、また緋彩の皮膚を突き刺そうとする。









だが、ふと部屋内の違和感がアラムの視界の端にちらついた。









「!」









それに気付くのが早いか、瞬く間に黒と白銀の姿が目の前を覆い、剣の刃が鈍い音を立てて真っ二つに折れた。









「っ!?」


アラムはあまりの集中に周りが見えていなかったこともあるだろう。だが、かと言って、仮にそうでなかったとしても反応できていたかは分からない。部屋に現れたと気付いたその瞬間には、剣の切っ先はなかったのだから。







「────…、…ノア=ラインフェルト…!」







忌まわし気に呼ばれた名にノアは不敵な笑みを浮かべていた。







「随分楽しそうだな。俺も混ぜてくれ」







だが、紫紺の視線は凍てつくような絶対零度。全く笑ってなどいなかった。

それは気狂いしていたアラムが思わず正気に戻るほど。冷や汗を流しながら、アラムは無意識にノアと距離を取る。この距離にいては確実に瞬殺される。そんな空気だった。


「…随分早かったね。アマノヒイロがいるってことはキミもいるって分かってたけど、もう少しここに辿り着くのは時間がかかると思ってた」


平常心を努めるアラムは、使い物にならなくなった剣を投げ捨てる。対して、ノアの剣は刃こぼれ一つしていない。それほど鮮やかに、華麗に、柔らかいものでも斬ったかのようだったのだ。

それでもノアは剣の様子が気になるのか、下から上に目線を流し、刃に何もないことを確認すると静かに剣をしまった。これほどの殺気を漂わせながら、もうアラムを斬る気はないのか。


「まぁ、道案内がいたからな。仕掛けだらけのこの城のお陰もある」

「仕掛け?…ああ、そんなのがあったのか、この城。生憎、僕は城の構造なんて無知もいいところだからね。しくじった、ちゃんと確認しておくべきだったよ」

「それで?お前は何をしようとしていた?」


ノアは口元は微笑を浮かべながら、伏せた目を僅かに持ち上げた。

刹那、足のつま先から頭の天辺まで、神経が瞬間冷凍されるような寒気が走り去る。








ヒイロ(こいつ)に何をしようとしていた?」








笑っていない目に、あからさまな怒りが溜まっていた。

怒りの理由は分からない。だが確かにその瞳は、氷点下の温度で焼け尽くし、呼吸さえも止めてしまいそうだった。銃口を突き付けられたような緊張感と恐怖が全身を支配する。

また一歩後退ったアラムは、じりりと対抗する目つきを返すが、今のノアにはドライアイスに水滴を落としているようだった。


「…、別に、大したことは何も。あまりにもアマノヒイロの血に興奮を感じたから、ちょっと頂こうとしただけだよ」

「血だと?」

「先に言っとくけど理由は知らないよ。けど、アマノヒイロの血を舐めた瞬間、全身の血が沸騰するかのようだった。熱した鉄を沈められたような、血液を全部マグマにされてたような!ふふ…っ、興奮したよ…!」


血を吐き、立っていられないような反応が身体に良いわけがない。けれどアラムはそれがまるで世紀の大発見とでもいうように、これで世界が変わったかのように目を血走らせた。その姿には悍ましさすら感じるが、アラムが変人だと知っているノアは、半ば呆れがちに狂ってるな、と呟いただけだった。


「で?そこの国王は生きてんのか?死んでんのか?」

「失礼な奴だな。身体は生きてるよ」

()()()、ね…」


ノアが目を眇めて見る国王は、やはりピクリとも動かない。身体は生きていて、心は死んでいる。それを生と捉えていいのかは分からない。


「…不老不死の奴隷を作ろうとしているという話の時点で、お前が何かしら関わっていることは分かっていた。その国王のことは自業自得だろうし俺には関係ないからどうでもいいが、ヒイロ(こいつ)は持って帰るぞ」

「冗談。こんな貴重な()()、僕が手放すと思うかい?」

「俺が大人しく渡すと思ってんのか」


濁る金と凍てつく紫紺がぶつかり、弾ける。

流れ続ける緋彩の血は、ノアの踏む床のところまで侵食していっていた。

そして、アラムの口が小さく、ああ勿体ない、と呟くと同時に、ノアは腰の短剣に手を掛ける。




「!」




先程とは違い、冷静さを取り戻していたアラムはしっかりそれを見ている。忍者具のように投げられた短剣はアラムの顔の横スレスレ、数本の髪の毛を掠めて通り過ぎた。

あと数ミリ、アラムが一歩右にずれなければ金の瞳を突き刺していただろう。


「──…残念、キミほどじゃないけど僕も一応戦えるん…」

「残念、」


アラムの言葉を遮るように、ノアは声を重ねた。

無の瞳は、アラムではなくてその先を見ていた。





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