あってないような距離
鉱山から来た道を辿って城へ戻ったノアは、だだっ広い城の廊下を衛兵たちをノシていきながら駆け巡っていた。
元々”永遠の奴隷”を欲していた国王だ。鉱山の見張り兵が緋彩が不死であることに気が付けば、目を剥いて国王の元に連れて行くと予測は出来る。だが、如何せん邪魔が多すぎる。半端に実力のある兵たちがノアの足を滞らせていた。
「…、あの能天気痴女、手間かけさせやがって…」
滴る汗を拭った顎の辺り、というより首に痛みがある。勿論怪我をしたわけではなく、また緋彩の身に何かあったのだということは分かった。支障になるほどの痛みではないが、これは緋彩の約半分の痛み。華奢な少女の細い首に、この倍の力が加わっているということだ。どんな状態かは分からないが、このまま首の骨が折れるようなことがあれば、ノアに影響する痛みもさすがに耐え難いものとなる。さっさと探して連れ戻さねばならないというのに、ここは衛兵の生産工場かのようだった。斬っても斬ってもキリがない。
「くそが…っ!」
こんな奴らの相手をしている暇はないのに、数が多すぎて無視は出来ない。足止めを食らわされてもう何分経ったか。こんなことならローウェンも連れてくるべきだったとノアは後悔した。
あるいは、国王の元まで邪魔されずに行けるルートが何処かにあれば。
「ノア!」
「──…!!」
デジャヴだ。
最初に城に突っ込んできた時と。
「アリアか!」
「あぁ!こっち!どうにかこっち来れるか!?」
「…っ、待ってろ!」
衛兵の数は減らない。ノアはどこからか響いてくるアリアの声に耳だけ傾けて、斬りかかってくる兵達を一人二人、十人二十人となぎ倒していった。当然全員ではないし、仮に全員倒したとしてもまたすぐに兵達はどこからか増えていく。とりあえず背中の方で聞こえるアリアの声に近づいて行った。
そして、背中が壁にぶち当たる。
「こっちだ!」
「っうおっ!?」
途端、鋭い声と共に腕を引かれたかと思うと、くるんっと壁がひっくり返り、ノアはそこへ吸い込まれていった。まるで忍者屋敷のようだ。外でノアの姿を見失った衛兵たちの混乱する声がする。ここはもしかしなくても、先程と同じような隠し通路なのだ。
その中は真っ暗、黴と埃の臭いが立ち込めている。すぐ横にいるアリアの顔だけがかろうじて見えた。
「お前、ローウェンと一緒にいたんじゃないのか」
「どうしてもヒイロが気がかりで、奴隷達が全員解放される見通しがついたから後はローウェンに任せてこっちに来た」
「それで、ヒイロはいたのか」
「そう!ヒイロが大変なんだ!!」
「っ!」
アリアは抑え込んでいた感情を溢れ出すようにノアの両腕を掴んだ。強く、ノアでも痛いと感じるほど。
「私の所為でっ、ヒイロが…っ!」
「…落ち着け。あいつは死なない。大丈夫だ」
「何で…っ、何でそんなことが言えんだ!ヒイロは軍人でも有能な魔法士でもないんだろ!?あんな小さな身体で、首絞められて…っ!それなのに…っ」
「アリア」
「っ、」
力が抜けるように折れていく身体を支えるように、ノアの手がアリアの手首を掴む。自身では抑えきれなくなってしまった感情を代わりに抑えるように。
見上げたアリアの目には、平常心と冷静さを忘れない紫紺の瞳が映った。
「落ち着けって言ってんだろ。あいつは大丈夫だ」
「…っ、」
不死だからと言わなかったのは、言えなかったからではない。死なないから心配無用だということではないからだ。二度繰り返した『大丈夫』という言葉は、それが緋彩だったからだ。
「どうせ自分は死にそうになってるのにお前は逃げろとか言ったんだろ。そのくらいの余裕はあるってことだ」
「何で知って…」
「あいつはあれでいて、咄嗟の判断力は長けているみたいだからな。お前を逃がせば俺を導いてくると踏んだんだろう」
「…………」
「……何だ?」
自責の念でいっぱいのアリアの目は一変して、初めて何かを見るようなものになった。瞬きを繰り返すアリアに、ノアは訝し気な視線を落とす。
「ああいや…、あんたたち、離れていても互いの考えてること分かるんだなぁって」
「……は?」
「仲悪そうだったのに、私の見間違いだったんだな」
「別に、仲は悪いが?」
「またまたぁ、照れんなよ」
「照れてねぇけど?」
アリアは茶化しているつもりだったのに、ノアは本当に一ミリの動揺も見せていない。無の感情だ。
強いて言えば、仲は悪いと言うほどの関係かどうかも分からないというのが本音だ。緋彩が何かしらトラブルを起こしてノアがブチ切れるという構図が日常であり、良い悪いの関係性はないとノアは思っている。緋彩がどう思っているかは知らないしどうでもいい。
「あー、こんな雑談している場合じゃない!とにかく来てくれ!急いでヒイロを助けないと!」
「お前が始めたんだろ。早く案内しろ」
「横暴!そんなんじゃヒイロに嫌われるぞ!」
「それは喜ばしいことだな」
「!?」
言いながら二人は細い暗闇の通路を駆けて行った。